音楽業界においてのNFT活用は、ビジュアルアートほど盛んではないにせよ、徐々にその事例が増え始めています。NFTはアーティストへの収益還元の新しいモデルを構築できるとして音楽業界において注目されており、NFTに取り組むアーティストや企業が増えています。本記事では「音楽×NFT」の最近の事例として「音楽NFTの日」の認定について解説したのち、国内の有名アーティストによる音楽NFT活用事例を複数紹介し、近年の音楽NFTの動向を追っていきます。
この記事の構成
「音楽NFTの日」とは
「音楽NFTの日」とは、一般社団法人日本記念日協会によって認定された記念日で、11月5日がその記念日として選ばれました。「Music+Web3=Music3」をテーマに、デジタルオーディオデータや音楽NFT、クリエイターエコノミーなど、Web3.0時代の新しい音楽表現の普及を目指すための活動の一環として2022年に定められました。11月5日を英語にすると「NOVEMBER FIFTH」となり、それぞれの単語の頭文字「N」「F」と、「FIFTH」の「T」を繋げると「NFT」になることが由来となっています。同日には「MUSIC NFT DAY 2022」が開催され、アーティストとリスナーがNFTを用いた新しい音楽の形を共有するイベントが行われました。
また、記念日の認定を受けてNFT総合マーケットプレイス「LINE NFT」が記念日の理念に賛同し、音楽へのNFT活用を推進していくことを発表しました。「音楽NFTの日」に参加する4人組ロックバンド「MIOYAMAZAKI」の音楽NFTを10月30日に販売開始し、音楽NFTの普及を後押しする形となりました。
オフィシャルイベント「MUSIC NFT DAY 2022」
「音楽NFTの日」の認定を記念して11月5日に開催されたイベント「MUSIC NFT DAY 2022」では、音楽NFTのリリース、トークセッション、ライブ、展示会、カンファレンス、ミートアップイベントなどが行われました。
トークセッションとライブは日本橋アナーキー文化センターにて開催。トークセッションはエンターテイメントとテクノロジーの結びつきを加速させるParadeAll株式会社代表取締役の鈴木貴歩氏や株式会社J-WAVE代表取締役の小向国靖氏らが担当し、ライブはサウンドデザイナーとして活動するShimon Hoshino氏とShum氏が務めました。
「音楽NFTの日」が記念日として認定されたことで、メディアがトレンドとして取り上げやすく、音楽関係者やインフルエンサーなどからも注目を集めやすくなったと言えます。来年以降もこのようなオフィシャルイベントが開催される可能性は高く、メディアの拡散力と相まって音楽NFTの認知度が年々高まっていくと予想できます。
音楽NFTの特徴
近年音楽ビジネスは、ストリーミングによって急激に市場が発展しています。レコードやCDなどの録音媒体が主流だった時代に比べて、誰もがさまざまな音楽をいつでもどこでも聴けるようになったことで、巨大なビジネスとして成長し続けています。しかし市場が成長している一方で、アーティストへの収益分配が減少しているという点が問題視されています。音楽配信プラットフォームが収益を独占する中で、新型コロナウイルスの流行によってライブパフォーマンスによる収入も激減し、多くのアーティストは苦境に立たされました。こうした状況の中で、アーティストへの新しい収益分配モデルとしてNFTが注目され始めています。
音楽の配信においてはコピーコンテンツや不正防止のためにアーティストがプラットフォームに手数料を支払わなければなりませんが、曲をNFTとして発行することでユーザーと直接取引できると同時に、不正データとの区別をつけることもできます。
また、音楽NFTは二次販売も可能で、取引が成立するごとにアーティストにロイヤリティが還元される仕組みを構築することもできます。レコードやCDを中古品として第三者に販売してもアーティストに収益が還元されることはありませんが、NFTではそれが可能です。また、楽曲だけでなくライブのチケットやグッズなどでもNFTを活用すれば、アーティストはさらに多くの収益機会を得ることができるでしょう。こうした音楽NFTの特徴は現状の音楽業界を変え、アーティストを救う新しい可能性として注目されています。前章で紹介した「音楽NFTの日」の認定とイベントの開催は、音楽業界におけるNFTへの期待をさらに高めることとなりました。
NFTに取り組む日本のアーティスト
音楽NFTは業界の中で未だ十分に浸透しているとは言えませんが、国内ではすでに何名かの大物アーティストがNFTに注目し、その技術を利用して新しいプロジェクトを行っています。ここからは、NFTに取り組む日本の代表的なアーティストを紹介し、具体的なプロジェクトの内容を見ていきます。
ゲスの極み乙女
若い世代を中心に人気のバンド「ゲスの極み乙女」が、結成10周年を記念してNFTプロジェクト「Maru」を実施。元のバンド名「ゲスの極み乙女。」から改名によって外れた句点をモチーフにした1203点のアート作品からなるNFTで、一部にはこのプロジェクトのために書き下ろされた楽曲がセットになったアイテムもあります。 NFTを購入すると各種プレゼントを受け取れる権利やオンラインライブの参加権、ミュージックビデオ制作プロセスへの参加権が付与されます。
このプロジェクトは香港拠点のベンチャー企業でNFTプラットフォーム「Kollektion(コレクション)」を提供するKLKTN(コレクション)とロンドン在住韓国系アーティストのセントラル・パーク(Central Park)氏の共同製作によって生まれました。作品はゲスの極み乙女のメンバーにインスパイアされた手書き風のゆるいアニメで、キャラクターたちがポップでサイケデリックな模様に囲まれています。
「Maru」は2022年6月18日に誕生、同月29日にOpenSeaにて先行販売、翌日に一般発売され、多くのファンに購入されました。7月7日にリビール、8月にはGiveaway (無料プレゼント)と購入者限定のオンラインリスニングパーティーが開催されました。
また、NFTホルダー向けに特別に作られた楽曲「Gut Feeling」が12インチレコードとしてリリースされることが発表されています。この限定レコードはホルダーがNFTをBurnすることで手に入れることができるもので、デジタルデータとリアルな媒体としてのレコードのどちらかを選ばせることで、音楽の価値を問うような仕組みとなっています。これはイギリスの現代作家ダミアン・ハーストによるNFTを用いた社会実験「THE CURRENCY」に着想を得ているそうです。レコードの正式リリース日は未定で、レコードへの交換登録を済ませたホルダーへは2023年上旬にレコードが送られる予定となっています。
ずっと真夜中でいいのに。
音楽ユニット「ずっと真夜中でいいのに。」が2022年4月16、17日にさいたまスーパーアリーナで開催された単独ライブ『ZUTOMAYO FACTORY「鷹は飢えても踊り忘れず」』で、来場者にNFTを無料配布しました。「ずっと真夜中でいいのに。」と匿名アーティスト「AtoZ MUSEUM by A2Z」がコラボレーションしたNFTで、来場者約3万5000人には、NFTを入手できるQRコードがついたポストカードが配られました。初日の来場者には「FACTORY1」、2日目の来場者には「FACTORY100」と題されたNFTデジタルアート作品が配布されました。「A2Z」は渋谷パルコにて毎年個展を開催している匿名アーティスト。配布されたNFTは、A2Zによる過去のアートワークや単独ライブのステージセットの要素を記号化した特別な作品となっています。
配布されたNFTにはLINEの独自ブロックチェーン「LINE Blockchain」が採用されており、LINEアカウントと紐づく「LINE BITMAX Wallet」で保管できるようになっていますが、LINEのNFTマーケットプレイスである「LINE NFT」での二次流通は不可となっています。
坂本龍一
2021年の12月には、株式会社幻冬社が音楽家・坂本龍一を代表する楽曲の一つである「Merry Christmas Mr. Lawrence」の音源の右手のメロディーを595音のNFTとして発売することを発表。595音のNFTにはそれぞれが位置する小説の楽譜の画像が紐づけられています。
このNFTはマーケットプレイス「Adam byGMO」にて、クリスマスの時期に合わせて2021年12月21日から23日の3日間で段階的にリリースされ、1つあたり10,000円の固定価格で一時販売されました。発売後はすぐにアクセスが殺到し、ウェブサイトのサーバーがダウンする事態にもなりました。
また、2021年12月24日0時から12月25日23時59分にかけては、坂本龍一がこのプロジェクトのために直筆した「Merry Christmas Mr. Lawrence」の26小節目までの楽譜の実物を入手できる権利のNFTがオークションにて販売されました。開始価格は100,000円でしたが、30,001,000円で落札されるという結果となりました。
小室哲哉
ミュージシャン・小室哲也は2021年12月16日に自身が書き下ろした楽曲「Internet for Everyone」をNFTマーケットプレイス「Adam byGMO」において楽曲NFTとして販売しました。楽曲は2015年にGMOインターネットグループのグループソングとして書き下ろしたもので、パートごとに6トラックに分解し、オリジナルStemデータとして1トラック30,000円からオークション形式で販売されました。保有者の限定コンテンツとして、テンポ情報MIDIデータと保有するStemデータのダウンロード権が付属しており、また先着10名の購入者には小室氏が新たに演奏したシンセサイザー音源が配布されました。
このプロジェクトは小室氏にとって実験的なものでしたが、NFTを購入したファンの中には保有している楽曲パートを使用して二次創作を盛んに行ったことで、他のファンや小室氏との交流が深まったという結果も生まれました。
さらに小室氏は新しいNFTプロジェクトとして、世界初公開となるアルバム未収録デモ「All sessions about JAZZY TOKEN」をNFTとして2022年7月に販売開始しました。このデモは、2021年11月にファンクラブ限定のアナログレコードとしてリリースしたアルバム「JAZZY TOKEN」の中に収録されなかった未収録デモ曲全18作品から構成されています。このNFTプロジェクトは、「JAZZY TOKEN」の全世界配信と同時に行われました。
全18点のNFTは各30,000円で「Adam byGMO」にてオークション販売されました。保有者には限定コンテンツとして各アイテムのフルサイズ音源と、リズムトラックが抜かれた「Piano Only」のStemデータのダウンロード権が付与されました。また初回購入者に限り各NFT作品のアートワークとなっている「小室哲哉氏による手書きタイトル入りTrack Sheet」の実物を入手することが可能です。
まとめ
「音楽NFTの日」の認定やさまざまな国内大物アーティストのNFTプロジェクトの個別事例を紹介しました。NFTは未だ発展途上の分野でありながら、音楽の分野においてはすでにアーティストとファンをさらに近い距離で繋ぐ技術として利用され始めています。しかし音楽業界においてNFTを利用することはメリットもありますが、楽曲に関する諸権利やロイヤリティの分配、アーティストやファンのNFTへの理解などさまざまな課題があります。このような課題を乗り越えて、今後どのようなアーティストがNFTに取り組むか、またNFTによって音楽業界がどのように変わっていくのかは注目していく価値がありそうです。