フリマアプリ大手のメルカリは、2023年3月のビットコインサービス開始から約1年で200万口座を突破しています。業界の新規口座開設数の過半数を占めるまでに急成長を遂げた一方で、入出庫の未対応など技術的な制約は依然として残されたままです。
本記事では、メルカリ独自の暗号資産(仮想通貨)戦略の実態と今後の展開について、客観的な視点から検証していきます。
この記事の構成
メルカリの暗号資産事業、これまでの歩み
メルカリはビットコイン取引サービスを皮切りに、イーサリアム対応やつみたて機能など、着実に機能を拡充してきています。一方で、送金やウォレット連携など、暗号資産取引サービスとして一般的な機能の多くは未実装のままとなっています。
以下で、その展開を詳しく見ていきましょう。
ビットコイン取引サービスの実績
引用元:メルコイン
2023年3月、メルカリは暗号資産やブロックチェーンに関するサービスの企画・開発を行う子会社メルコインを通じて、フリマアプリ内でのビットコイン取引サービスの提供を開始しました。主な特徴として、以下の3点が挙げられます。
- 最小取引単位は1円から設定可能
- メルカリの売上金やメルペイ残高で購入可能
- 外部ウォレットへの送金機能は非対応
サービス開始からわずか2週間で10万口座を突破し、7ヶ月後には100万口座に到達。1年後の2024年4月には200万口座を超える規模へと成長しています。
日本暗号資産取引業協会(JVCEA)のデータによると、2023年3月末から2024年3月末の1年間における業界全体の新規口座開設数約310万口座のうち、約191万口座(61.5%)をメルコインが占める結果となっています。
イーサリアム対応とつみたて機能の展開
引用元:メルコイン
2024年5月、メルコインはイーサリアムの取引サービスを開始しています。導入の理由について「暗号資産をより身近なものとして感じていただけるように」と説明しており、取引量第2位の暗号資産を選定したとのことです。
その後の機能拡充は、以下のようなスケジュールで進められています。
- 2024年8月:ビットコインつみたて機能の提供開始
- 2024年10月:イーサリアムつみたて機能の追加
- 2024年12月:メルペイ残高からの自動引き落とし機能の実装
つみたて機能では、1円から100万円の範囲で任意の金額が設定可能です。頻度は月1・2・4回から選択でき、引き落とし日は7・14・21・28日の中から指定することができます。
引用元:メルコイン
12月に追加された自動引き落とし機能では、取引口座残高が不足している場合にメルペイ残高から自動でチャージを行う仕組みも実現しています。
独自の利用者層の形成
メルカリのビットコイン取引サービスのユーザーの特徴として、83%が暗号資産取引歴「なし」と回答しているという点が挙げられます。
つまり、大多数のユーザーが、メルカリのアプリで初めて暗号資産取引を体験していることになります。
また、ビットコインを購入したユーザーの50%がメルペイ残高を保有しており、売却したユーザーの51%が「メルカリ」で買い物をしているというデータも報告されています。
これらの数字は、メルカリのエコシステム内での新たな資産循環が生まれつつあることを示唆しています。
メルカリの暗号資産戦略の特徴
メルカリの暗号資産事業は、既存のフリマアプリやメルペイとの連携を軸に展開されています。数千万人規模のユーザー基盤を持つフリマサービスとの統合により、独自の経済圏の形成を目指す戦略が特徴的です。その実態について詳しく見ていきましょう。
フリマプラットフォームとの連動性
引用元:メルコイン
メルカリの暗号資産サービスの最大の特徴は、フリマアプリの売上金を暗号資産購入に直接利用できる点にあります。
また、暗号資産を売却して得た資金を用いたメルカリでの買い物が可能なほか、メルペイ残高との連携による資金移動の自動化も実現しています。
このような連携により、メルカリのエコシステム内で完結する新たな資金循環が生まれています。具体的には、フリマアプリでの売上金を暗号資産で運用し、その売却益で再び買い物をするといった行動が確認されています。
このような循環は、既存の暗号資産取引所では実現が難しい、メルカリならではの特徴といえるでしょう。
地域特性から見る利用実態
メルカリの暗号資産取引サービスにおいて、興味深い地域特性が確認されています。
2024年2月時点での平均取引金額を都道府県別に見ると、徳島県が全国1位となっています。これに東京都、滋賀県、島根県、青森県が続いています。
特に注目すべきは徳島県の事例です。ソニー生命の「47都道府県別 生活意識調査 2023」によれば、徳島県は「家計管理が得意」な県として全国1位にランクインしています。
このデータは、メルカリの暗号資産取引が投機的な動機というよりも、むしろ堅実な資産運用の一環として活用されている可能性を示唆しています。
つまり、メルカリが目指す「フリマ連携」という独自性は、暗号資産取引のイメージを「投機」から「資産運用」へと転換させる可能性を秘めているのかもしれません。
現状の課題と今後の展望
メルカリの暗号資産事業は、新規口座数では業界をリードする一方で、いくつかの技術的制約や課題も抱えています。また、今後の展開についても、いくつかの重要な戦略的判断が必要となってきそうです。
技術面での制約
2024年12月現在、メルカリの暗号資産サービスでは、外部ウォレットへの送金機能が実装されていません。これは、既存の暗号資産取引所と比較した際の大きな機能的制約となっています。
また、取引時のスプレッドについても非開示となっているため、取引コストの透明性という観点では改善の余地が残されています。
このような制約は、メルカリが「暗号資産取引所」としてではなく、あくまで「フリマアプリの付加機能」として暗号資産サービスを位置づけているためとも推測されます。
しかし、暗号資産業界の標準的な機能を制限することは、長期的には成長の足かせとなる可能性も否定できないでしょう。
デジタルアセット戦略の可能性
引用元:メルカリ
メルペイ代表取締役CEOの永沢岳志氏は、2024年3月に開催されたフィンテック関連のイベント「FIN/SUM 2024」において、今後の展開としてデジタルアセットを取り扱えるデジタルマーケットプレイスを目指す考えを示しています。
具体的には、トレーディングカードやチケットなどのデジタルアセットが循環する仕組みの構築を視野に入れているとのことです。
この構想において特に注目されるのが、RWA(Real World Asset:現実資産)への対応です。ただし、RWAの取り扱いには、資産の真贋性の担保や、ブロックチェーン上での価値の表象方法など、複数の課題が存在します。
メルカリはすでにブランドバッグやスニーカーの真贋鑑定サービスを開始しており、これらの知見がRWA展開にも活かされる可能性があります。
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ステーブルコインへの対応
永沢氏は同イベントにおいて、ステーブルコインについても言及しています。
toC(一般消費者向け)のビジネスでは難しい面があるとしながらも、資金移動業者としての立場から、「ステーブルコインだからこそできることを作っていかなければいけない」という見解を示しています。
しかし、この発言からは具体的なユースケースや実装時期は見えてきません。ステーブルコインに関する言及が抽象的な展望に留まっている現状は、メルカリの暗号資産事業がまだ「実験段階」から脱却できていない可能性を示唆しているともいえるでしょう。
また、日本円建てのステーブルコインの実用化自体がまだ道半ばである中、USDTやUSDCといった確固たる地位を築いている既存のステーブルコインに対抗できるような独自の価値を提供できるのか、という根本的な課題も存在すると考えられます。
メルカリの暗号資産事業が示唆するもの
メルカリの暗号資産事業は、2023年3月のサービス開始から約2年で200万口座を突破し、業界内で一定の存在感を示しています。その要因として、フリマアプリという既存プラットフォームとの連携や、メルペイとの決済連携による独自の経済圏の形成が挙げられます。
中でも、利用者の83%が暗号資産取引未経験者であるという点は注目に値します。これは、メルカリが既存の暗号資産取引所とは異なるユーザー層を開拓できていることを示しています。
ただし、外部ウォレットへの送金機能が未実装であることや、スプレッドの非開示など、暗号資産取引サービスとしての機能面では制約も残されています。
今後はデジタルアセットマーケットプレイスの構想やRWAへの対応など、新たな展開も検討されています。しかし、これらの実現には資産の真贋性担保やブロックチェーン上での価値表象など、複数の技術的・運用的課題をクリアする必要があるでしょう。
また、メルカリの実績は、数千万人規模のユーザー基盤やメルペイという決済インフラがあってこそ実現したものであり、安易な模倣は困難かもしれません。むしろ、今後のWeb3戦略においては、各社が自社の強みを活かした独自の方針を模索していく必要があるのではないでしょうか。