各種メディアでも少しずつ耳にする機会が増えてきたNFT。
その主なユースケースは今なお、アート、SNSアイコン、ゲームなどが中心です。
この状況だけを見ると「世間は騒いでいるけど、自分にはNFTなんて関係ない」「生活に必須のものとは思えない」「極端な話、あってもなくても日常生活には影響がない」と考える人がいるのも仕方がありません。
しかし実のところ、NFTはSNSアイコンに用いるためだけの画像データではありません。NFTはブロックチェーン技術を基盤にした、世の中を変えうる新しいテクノロジーです。
この記事ではアートやゲームなどから離れ、より実用的な場面でのNFTのユースケースとして、広告枠の権利をNFT化した実証実験について解説します。
広告ビジネス自体はすでに当たり前のものですが、一般の人には仕組みが見えにくい産業であり、既得権益を持った企業が幅を利かせている印象さえあります。
NFTを用いることで既存の産業がどのように変わっていくのかを示す一例として「NFT×広告」の事例をわかりやすく解説します。ぜひ最後までご覧ください。
この記事の構成
実証実験の内容について
引用元:PR TIMES
今回紹介するのは「広告を出す権利をNFT化して販売する」という実証実験です。
実験の概要
本実験は以下の4社によって行われました。
- Bridges, Inc.
- 株式会社CoinPost
- 株式会社LIVE BOARD
- 株式会社電通
実験内容は、LIVE BOARDが東京・表参道に保有する青山ストリートビルボードへ掲載する屋外広告枠の販売において、広告掲載権をNFT化して販売したというものです。
広告入札は2022年1月中旬の1週間、掲載期間は同2月から3月の1ヶ月間、企業・個人を問わず誰でも参加できる形で実施されました。
NFT化された広告掲載権は、広告用NFTマーケットプレイス「Kaleido(カレイド)」で販売され、支払いには暗号資産(仮想通貨)のMATICが用いられました。
最終的に掲載権は1,500MATIC(当時のレートで約30万円)で落札されました。
実験が行われた背景
この実験には、屋外広告分野において、海外を中心に従来とは異なる広告の出稿方法が注目を集めているという背景があります。
たとえば、韓国では人気アイドルグループ「BTS」のメンバーが誕生日を迎えた際に、それを祝うためにファンがデジタルサイネージへの出稿権利を集団で購入する様子がTwitterなどで見られます。
ファンが広告を出すことは「応援広告」という名前で世の中に浸透しつつあり、これは特にNFTアートの領域でも同様に見られます。
米国を中心にNFTをデジタルサイネージに掲載する事例も出てきており、NFTコレクターの間では、屋外の大型ディスプレイに自身が保有するNFTを表示する事例が生まれつつあります。
これと同時に、屋外広告枠の購入方法も多様化しつつあります。
その中で、よりシームレスに取引可能な市場が求められている背景を受けて、今回の実証実験に至りました。
広告用NFTマーケットプレイス「Kaleido」について
Kaleidoは、NFT化された広告枠の出品・入稿・審査・売買を行うためのNFTマーケットプレイスです。
今回の実証実験に向けて、Bridges, Inc. が中心となりβ版が開発されました。
Kaleido上の広告枠取引における金銭のやり取りはすべてスマートコントラクト上で行われ、メディアの審査が完了した広告内容が自動的に設定された枠に表示される仕組みになっています。
NFT×広告により生まれるメリット
NFTをアートやSNSアイコンとしての利用で終わらせず、実社会で活用できるものとするためには、NFTを用いることで既存のビジネスが抱える何らかの課題を解決できなければなりません。
広告ビジネスにおいては、NFTを用いることで以下のようなメリットがあると考えられています。
- 取引の簡易化・迅速化
- 落札の参入障壁の低下
- 取引のグローバル化
取引の簡易化・迅速化
従来の広告モデルには、広告掲載者、広告代理店、広告主の3つの主体が存在します。
基本的に広告掲載者と広告主が直接つながることは少なく、間に広告代理店が入る形になっています。
仲介者が入ることで手続きの工程も増えて煩雑になり、処理に時間もかかってしまいます。
この3者の関係の中にブロックチェーン技術を活用したNFTを導入することで、Peer to Peer(ピア・ツー・ピア)のやり取りが可能になります。
Peer to Peerとは、データのやりとりを行うにあたって中央集権的なサーバーなどを介することなく、個々の端末同士で直接データを共有できる仕組みです。
これにより、広告代理店に依存することなく広告掲載者と広告主が直接やりとりをできるようになります。
また、今回の実験で用いられたMATICを発行しているEthereumのレイヤー2ソリューション「Polygon」などを採用することで、低コスト・低遅延の取引も実現できます。
その結果、取引にかかる人員の削減やキャッシュフローの改善効果も見込めます。
落札の参入障壁の低下
今回の実験で検証が行われているポイントの1つが「個人でも広告を出せる環境」の実現です。
既存の広告ビジネスでは、広告代理店とメディアの間で閉じられた取引が行われており、個人が参入できる余地はあまりありませんでした。
一方、今回の実験で用いられたKaleidoのようなNFTマーケットプレイスは、個人・企業を問わず誰でもアクセスすることが可能です。
落札に必要な資金を暗号資産としてウォレットの中に保有し、マーケットプレイスに接続さえできれば、たとえ個人であっても広告枠を買い取って自分が掲載したい内容を表示することができます。
また、韓国のBTSファンによる出稿権利の集団購入のように「複数名が共同で権利を落札する」ことは、NFT及びブロックチェーンを用いることでより容易になります。
たとえば、ある企業が入札額として10ETH(現在のレートで約200万円)を提示したとします。
個人にとって10ETHはかなりの大金ですが、仮に10人が協力して1人1ETHずつお金を出し合えば、企業と競り合うことができます。
ここで画期的なのは、各個人がやるべきことは「自分のウォレットをNFTマーケットプレイスに接続して、1ETHを送金することのみ」である点です。
ブロックチェーンを活用することで従来の複雑な取引や契約の一部は簡素化されるため、入札参加者は上記のように自身のウォレットから落札に必要な金額を送金するだけで済みます。
また、各個人の送金状況もブロックチェーンの履歴を見ればわかるため、未送金の個人がいればすぐに送金を促すこともできます。
取引のグローバル化
国内の広告代理店が存在する以上、既存の広告モデルはグローバルにスケールすることが難しい「閉じられた世界」のビジネスであると言えます。
ところが、広告掲載権の販売にNFTを用いることで、たとえば海外からでも日本のメディアの広告枠を買い取ることが今よりも容易になります。
広告掲載者の側から見ても、潤沢な資金を持った海外の広告主に対してリーチできる可能性が高まるため、広告産業全体がグローバル化していく可能性があります。
NFT×広告のデメリット
NFTを活用するメリットがある一方で、広告産業自体に大きくメスを入れることにはデメリットもあります。
広告代理店が積み上げてきたノウハウの活用が困難
NFTを活用して広告運用を行うメリットの1つが「取引の簡易化・迅速化」でした。
仲介者である広告代理店に頼らないPeer to Peerの取引のおかげで、確かに取引の速度は向上します。
しかし、広告はただ出稿するだけではなく、より効果的に運用するためには高度なノウハウが必要です。
その点、広告代理店は広告運用のプロであり、そのようなノウハウを豊富に持ち合わせています。
広告代理店に支払われる手数料は単なる仲介料ではなく、より効果的に広告を運用できる彼らのノウハウに対して支払っている対価であるとも言えます。
その広告代理店を排除してしまうことで彼らのノウハウを活かせず、結果的に広告運用の質が低下してしまう懸念があります。
審査規定の不透明性
もう1つのデメリットは審査規定の不透明性です。
実は、広告枠は必ずしも最高値を提示した広告主が落札できるとは限りません。
入札金額に加えて、広告内容の審査を踏まえて適切なコンテンツが選ばれる仕組みになっていることが多く、この点はややブラックボックスになっている感は否めません。
また、広告主が提供した素材の中からどの画像や動画を実際に掲載するかという決定権も掲載者側にあるため、仮に落札できた場合も広告主が望む素材が掲載されないこともあります。
このように広告権の獲得と実際に掲載する内容の審査はある程度切り離して考えられており、審査の部分については基準が不明瞭だったり明文化されていないことがあります。
この点は、今後NFTを広告に活用していくにあたって明確に改善が必要な箇所であると言えます。
NFTの現実的なユースケースの今後の展望まとめ
NFTを実用的な場面で活用する事例として、NFT化した広告枠の販売について解説しました。
NFTはブロックチェーンを基盤とした技術であるがゆえに、経済主体同士を直接つなぐPeer to Peerの要素や取引の透明性などを活かすことで、既存の産業やビジネスモデルに大きな変革をもたらす可能性があります。
個々の事例について細かい課題はあるものの、今後わたしたちの生活のあらゆる場面でNFTが活用される日が来るのは時間の問題だと言えそうです。