日本でもNFTという言葉を聞く機会が少しずつ増えてきた2021年12月、新潟県のとある小さな村が注目を集めました。
その名前は山古志(旧山古志村)。現在は長岡市内の一地域として、約800人の住民が生活を営んでいます。
人口減少・少子高齢化と共に日本各地で浮き彫りになっている限界集落の増加という課題。
まさにその限界集落に該当する山古志がNFTを発行し、大きな話題を呼びました。
この記事では山古志が発行した「Nishikigoi NFT」について、その特徴や発行した理由、NFTを活用した地域づくりの取組みについて解説します。
デジタルアートや投資対象ではなく、より人々の実生活に結びつく形でNFTが活用されている事例として、理解を深めていただければ幸いです。
この記事の構成
Nishikigoi NFTとは
「Nishikigoi NFT」は2021年12月、山古志の地域づくり団体「山古志住民会議」が中心となって発行した10,000点のNFTコレクションです。
このNFTを起点として、これまでにはなかった新たな地域づくり活動が次々に生まれています。
そこでまずは、山古志という地域がどのような場所かを解説した上で、地域づくり活動の全体を把握するための鍵となるNinishikigoi NFTについて説明します。
新潟県旧山古志村とは
山古志は新潟県長岡市の一部地域を指します。同市への編入合併の前は山古志村として存在していました。
現在の人口は約800人。高齢化率は55%を超え、まさに日本各地で課題となっている少子高齢化に直面している村でもあります。
2004年には新潟県中越大地震に襲われ、阪神・淡路大震災以来の震度7を記録するなど、大きな被害に見舞われました。
震災直後はとても人が住めるような環境ではなかった山古志。
しかし、地域住民は「帰ろう山古志へ」のスローガンのもと、数年がかりで山古志に戻ることを実現させました。
震災復興のために中心となったのが「山古志住民会議」と呼ばれる地域づくり団体です。
そして、山古志住民会議の旗振りのもと始まったプロジェクトの1つが、昨年話題となったNishikigoi NFTでした。
Nishikigoi NFTとは
引用元:OpenSea
Nishikigoi NFTは作品数10,000点のジェネラティブNFTコレクションです。
デザインのモチーフとなっているのは、山古志が発祥とされる「錦鯉」のイラスト。
いまや世界中に多くのファンがいる錦鯉は、山古志が発行するNFTのデザインとしては最適なものでした。
販売価格は0.03ETH(現在のレートで約5,000円)で、専用のサイトから購入が可能です。
NFT販売の目的
Nishikigoi NFTを販売する最大の目的は、NFTを「電子住民票」、NFTホルダーを山古志の「デジタル村民」と位置付け、共に山古志の再興に取り組む仲間を作ることです。
居住人口が800人しかいない山古志では、地域住民の手だけで継続的に地域づくり活動を進めていくことは困難でした。
そこでNishikigoi NFTを発行し、購入者を「デジタルで山古志とつながる村民」と位置付けることで、リアル村民800人+デジタル村民10,000人の力を合わせて地域づくりを進める方針が決定されました。
販売から約1年が経った2022年11月現在、Nishikigoi NFTを実際に手にしたホルダーの数は1,000人を超えました。
これは、実際の山古志の住民数を超える数のデジタル村民がすでに誕生したことを意味しています。
売上の具体的な使途
Nishikigoi NFTの販売には、もう1つの目的があります。
それは、山古志独自の財源の確保です。
山古志は現在、長岡市に編入合併し、市の一部という位置付けになっています。
長岡市の人口は約27万人。つまり、人口800人の山古志が長岡市に占める割合は300分の1にも届きません。
小規模地域であるがゆえに、市の財源分配においても、山古志の優先順位は下げざるを得ないという状況になってしまっています。
行政に頼ることができない以上、活動の財源は自分たちで確保するしかない。
そこで、財源確保の1つの手段として活用されているのがNishikigoi NFTの販売で得た売上です。
NFTの売上は、デジタル村民が立ち上げた地域おこしプロジェクトへの予算付けなど、様々な活動の財源として利用されています。
リアルとデジタルが融合する「山古志DAO」
引用元:cluster
総人口800人程度のリアルな山古志住民と、現時点で約1,000人のNFT購入者が該当するデジタル村民。
その両者が交わる場所は、チャットツールDiscordに作られた「山古志DAO」です。
暗号資産(仮想通貨)やNFTのコミュニティで用いられることが多いDiscord、これがリアル住民とデジタル村民をつなぐ場として機能しています。
デジタル村民と山古志住民の接点
Nishikigoi NFTを購入した人たちは、みな何らかの想いを持って「山古志を応援したい」「自分もその再興に関わっていきたい」と考える人ばかりです。
しかし、その際に最大の障壁となるのは「物理的な距離」です。
デジタル村民は、自分の好きな時にいつでも山古志を訪れることができるわけではありません。
また山古志住民も、自分の家の隣に実際に住んでいる住民と同じ感覚でデジタル村民の存在を肌で感じることもできません。
この距離感を縮めるために、山古志DAOは一役買っています。
一般的にDAOと言えば、DAOの参加メンバーがプロジェクトを立ち上げ、それに賛同する人が自発的に集まるという形で、まさに自律的にチームが形成されてプロジェクトが進んでいく姿をイメージする人が多いでしょう。
もちろん山古志DAOでもそのようなプロジェクト単位の動きはありますが、一方で地域住民が毎日のランチ、山古志の星空、畑で採れた大根の写真などをアップロードするなどして、デジタル村民に山古志をより身近に感じてもらえるような投稿も数多く見られます。
物理的には遠く離れたところにいる山古志住民とデジタル村民の接点として、山古志DAOは重要な役割を果たしています。
地域づくり活動においてDAOが存在する具体的なメリット
山古志DAOには、地域づくりを進めるためのより具体的なメリットも存在します。
例えば、メタバースに作られた「仮想山古志村」というバーチャルの村があります。
この制作を実際に進めたのは、メタバースやブロックチェーンなどについて見識があるデジタル村民です。
メタバースに山古志村を作るにあたっては、建物の外観を見たり、畑の広さを確認するなど、制作者自らが実際に出向いて村の様子を見る必要があります。
しかし、遠方に住み、本業の仕事もあるデジタル村民が山古志を実際に訪れることは容易ではありません。
そこで「仮想山古志村」を作るにあたり、山古志住民がドローンを飛ばして村の建物や景色を撮影し、そのデータを山古志DAOにアップロードすることでデジタル村民に情報を共有するという形式が取られました。
山古志住民とデジタル村民の双方が、自分ができることをできるときにやる、そしてその結果をDAOで共有する。
このような動きを作ることで「仮想山古志村」のような新しい取組みが次々と生まれています。
デジタル村民総選挙とは
引用元:山古志住民会議 資料
山古志DAO自体は、Nishikigoi NFTの保有者でなくとも参加することができます。
では山古志DAOにおいて、「NFTを持っている人」と「NFTを持っていない人」の違いはどこにあるのでしょうか。
その1つは、DAOにおける投票権の有無です。
Nishikigoi NFTはいわゆるガバナンストークンに相当する機能があり、DAOで何らかの投票を行う際にはNFTを持っている人だけがその投票に参加できる仕組みがあります。
この機能を用いて、山古志DAOで実際に投票が行われた取組みが「デジタル村民総選挙」です。
総選挙の目的
デジタル村民総選挙とは、DAOのメンバーが発案した地域づくりプロジェクトの中から、NFTの売上を実際に予算付けする企画を選ぶために行われた選挙です。
投票で選ばれた計4つのプロジェクトに対して、Nishikigoi NFTの第一弾セールの売上の約30%(約3ETH)が予算として分配されました。
予算を得たプロジェクトのその後の動き
投票で選ばれて予算を得たプロジェクトの1つが、実は「仮想山古志村」をメタバース内に作るという企画でした。
一般的にメタバース事業には多額の費用が必要とされますが、この時にプロジェクトに与えられた予算は15万円程度。
事業資金としては大きなものではありませんが、その後このプロジェクトは軌道に乗り、見事に仮想山古志村を作り上げることに成功しています。
リアルな生活と経済への影響
引用元:ECサイト やまこしマルシェ
デジタル村民を山古志の地域づくりに巻き込んだ影響は、徐々に山古志の実態経済にも良い形で現れ始めています。
村を取り巻く経済圏への影響
山古志はこれまでにも地域の特産品をECサイトで販売するなど、新しい技術を活用して地域活性化に取り組んできました。
しかし、元々山古志のことを知っている人、山古志に興味がある人に対して積極的にリーチしていく術はなく、物販の販路拡大には頭を悩ませていました。
そこに登場したのがデジタル村民です。
彼らは、山古志に関わりを持ちたいという自らの意志でコミュニティに入ってきた人たちです。
その中には「ぜひ山古志のおばあちゃんが作った野菜を買いたい」と考える人も少なくありません。
山古志の住民から見れば、自分たちが村で作ったものを積極的に買いたいと言ってくれる優良な顧客を得た状態となり、これは山古志の実態経済に大きなプラスの影響がありました。
住民のメンタルへの影響
このような経済活動の変化は、山古志住民のメンタルにも良い影響を及ぼしています。
例えば、デジタル村民が山古志の特産品を積極的に買いたいと言ってくれることは、山古志に住む高齢者の励みになっています。
村単体では高齢者の比率が高く、若い世代との接点を持つことが難しかった高齢者層。
その状況が、デジタル村民という若い世代の登場によって変わりつつあります。
NFTによる地域づくり活動の今後の展望まとめ
この記事では、NFTを活用して地域づくりに取り組む山古志の活動について解説しました。
NFT購入者をデジタル村民として迎え入れ、地域住民と関わりを持つことで実際の経済にまで良い影響を生み出しているという事実は、いま日本各地で課題となっている高齢化や過疎化といった問題を解決するヒントになるかもしれません。
今後、地域づくり団体がNFTを発行するケースは増えてくるでしょう。その際にはぜひNFTを購入して、地域づくり活動に自らも貢献する「デジタル村民」になってみてはいかがでしょうか。