2022年10月31日、JASRACはブロックチェーン技術を活用した楽曲情報管理システムである「KENDRIX」のリリースを発表しました。
ブロックチェーン技術を使用することによりアーティストにどのような利点がもたらされるのか、JASRACの紹介も含めて解説していきます。
この記事の構成
JASRACについて
JASRACは「Japanese Society for Rights of Publishers」の略で、法人名は「一般社団法人日本音楽著作権協会」といいます。
JASRACは国内の作詞者(Author)、作曲者(Composer)、音楽出版社(Pubilisher)などから著作権の管理委託を受けており、海外の著作権団体とも連携し、お互いの著作権について相互管理する契約を結んでいます。
具体的には
- 膨大な数の楽曲をデータベース化する
- 楽曲を利用するユーザーから適正な料金を徴収するなど、著作権の手続きを行う
- 徴収した使用料を作詞者や作曲者の他、音楽出版社などに定期的分配する
などで、主に著作権管理業務を中心に行っています。
その他、音楽文化振興などを目的とした講演会やコンサートなどの音楽文化振興事業にも力をいれています。
(引用元:https://www.jasrac.or.jp/profile/intro/index.html)
JASRACの国際ネットワーク
音楽に関わらず、著作権が存在する小説や絵画、映画などの著作物は「万国著作権条約」や「WTO協定」などの国際的な条約に基づき、お互いに保護しあう仕組みが整っています。
条約に加盟していて著作権が保護されているとは言え、日本国内で海外アーティストの作品を利用したい場合など、個別に該当国の著作権団体に手続きをするには大変な手間がかかるなど困難を伴います。
そこで、JASRACが国を超えてお互いに管理しあう管理契約を結ぶことにより、日本で海外の作品を利用したい場合などは、JASRACに手続きをするだけで容易に使用することが可能になります。
つまり、JASRACは保護と管理の両方において国際ネットワークを築いており、その安全性と管理の容易さが保証されています。
なお、2022年1月現在、JASRACと管理契約を締結している団体数は以下の通りです。
演奏権 | 録音権 | 合計 | |
直接契約 | 97団体 | 73団体 | 106団体 |
間接契約 | 17団体 | 20団体 | 21団体 |
合計 | 114団体
96カ国 4地域(ニューカレドニア・香港・マカオ) |
93団体
78カ国 4地域(ニューカレドニア・香港・マカオ) |
126団体
96ヵ国 4地域(ニューカレドニア・香港・マカオ) |
(参照元:https://www.jasrac.or.jp/link/overseas/index.html)
世界からみた日本の使用料徴収額
2021年の「CISAC(著作権協会国際連合)による世界徴収レポート」を通して、音楽使用料について世界の状況と日本の状況を紹介していきます。
まず、世界全体の状況から見ると、2019年と比較した2020年の使用料徴収額は、新型コロナ感染症拡大の影響もあり9.9%減少となりました。
(引用元:https://www.jasrac.or.jp/intl/price.html)
地域別では、ヨーロッパが半数を占め、続いてカナダ・アメリカで、日本を含むアジア地域は16.2%となっています。
(引用元:https://www.jasrac.or.jp/intl/price.html)
次に世界からみた日本の使用料徴収額を見ていきます。
日本の音楽著作権使用料の徴収額は、米国、フランスに次いで3位に位置しており、とても規模の大きい国であることがわかります。
(引用元:https://www.jasrac.or.jp/intl/price.html)
各国の人口1人当たりで計算した金額も紹介されており、日本では1人当たり約825円で19位に位置しています。
(引用元:https://www.jasrac.or.jp/intl/price.html)
KENDRIXとは
KENDRIXの名称は「KENRI(権利)」と「DX(デジタルトランスインフォメーション)」を掛け合わせた造語です。
コンセプトとして「すべての音楽クリエイターがCreation Ecosystemに参画できる世界へ」を掲げ、
音楽クリエイターが安心して楽曲を発表でき、適正な対価を受けるための各種手続きのハードルを下げることを目指した、クリエイターDXプラットフォームです。
KENDRIX開発の背景
昨今の音楽業界はストリーミングサービスが定着したことにより、楽曲制作からマーケティング、発信などをすべて自分で行う個人のクリエイター(以下DIYクリエイターと記載)が増えており、彼らが抱える課題を解決させるために開発されました。
その課題は主に3つあります。
- 収入
DIYクリエイターの主な収入源は音楽配信によるものですが、それとは別に著作権管理団体から「著作物使用料の分配」を受けることができます。
しかし、そのことを認識しているDIYクリエイターはほとんどいません。 - 無断利用
DIYクリエイターは自らの楽曲の無断使用やなりすまし公開の被害が常につきまといますが、それらに対抗する手段がありません。
(引用元:https://kendrix.jp/) - 手続きの複雑さと面倒上記2つの課題を解決しようとすると、JASRACとの管理契約や楽曲登録などを行う必要があります。しかし、手続きがとても複雑で既存の著作権情報管理システムの利用はハードルが高く、DIYクリエーターにはとても負担が大きいものとなっています。
JASRACではこの3つの課題を解決するためにブロックチェーン技術を活用したプラットフォームの開発を行い、β版での実証実験を経て正式にリリースとなりました。
KENDRIXの機能
KENDRIXの特徴を紹介していきます。
ブロックチェーンへの保存
楽曲ファイルをKENDRIXに登録すると以下の情報がブロックチェーンに登録されます。
- 楽曲ファイルのハッシュ値
- ブロックチェーンに格納する際、ハッシュ関数を用いてデータを暗号化し、データが正しいことを証明し、改ざんを防ぐことができる技術
- タイムスタンプ
- ブロックチェーンに記録された日時の情報
- タイトルとバージョン情報
- バージョンとは音源ファイルのことで同じ楽曲でもデモ音源や歌入れ、リニューアルした新しいバージョンなど、様々なバージョンが存在する
このことにより、ある音源について「誰が」、「いつの時点で所有していたのか」という事実がブロックチェーンに保存され、登録したクリエイターは「存在証明ページ」というものを公開することができます。
存在証明について
KENDRIXに楽曲などを登録すると、「存在証明ページ」を発行できるようになります。
存在証明ページは公開用URLとして、自らの楽曲を配信する際に添付することにより、自分の楽曲であることを証明することが可能になります。
同時に、なりすましなどの不正行為を防ぐことも可能になり、クリエイターの権利を守る強いツールとなります。
(引用元:https://kendrix.jp/)
存在証明ページは下記のようなイメージです。
(引用元:https://www.jasrac.or.jp/smt/release/22/06_03.html)
KENDRIX登録方法
KENDRIXはプロ、アマ問わず誰でも無料で利用することができます。
登録はとても簡単で、メールアドレスとパスワードを決めて、活動名義を登録するだけでアカウントの作成が完了できます。
(引用元:https://kendrix.jp/)
次に画面の指示に従って楽曲を登録していきます。
楽曲の登録は
- タイトル
- バージョン名
- 登録者の役割(作詞者、作曲者、ボーカルなど)
を記入します。
(引用元:https://kendrix.jp/)
全ての記入が終わると登録は完了です。
(引用元:https://kendrix.jp/)
登録アカウントの種類
アカウントには「ベーシック」と「ビジネス+」の2つがあります。
- ベーシック
最初にKENDRIXにアカウント登録すると自動的にベーシックアカウントとして登録されます。 - ビジネス+
KENDRIX上でJASRACと著作権信託契約(著作権管理の委託契約)を結ぶことにより得られるアカウントです。
アカウント別の機能
アカウント別の機能を紹介します。
なお、JASRACから作品届を提出できる機能は2023年2月に実施予定です。
ベーシック | ビジネス+ | |
KENDRIX上に登録した楽曲をブロックチェーンに保存 | 〇 | 〇 |
楽曲の存在証明ページを発行 | 〇 | 〇 |
JASRACに作品届を提出する(作品登録)※2023年2月から実施予定 | × | 〇 |
作品登録した楽曲の著作権をJASRACが関t理 | × | 〇 |
作品登録した楽曲の著作物使用料を受け取る | × | 〇 |
KENDRIX利用料金 | 無料 | 無料 |
eKYCによる本人確認
先述した通りKENDRIXへのアカウント登録だけではベーシックアカウントとなり、JASRACとの契約には紐づいていないため、JASRACの様々なサービスを受けることができません。
そこでKENDRIXではeKYC(オンライン上での本人確認)を行うことにより、ビジネス+のアカウントにバージョンアップし、JASRACの様々サービスを受けることが可能になります。
将来予想されるサービス
KENDRIXは、今後も様々なサービスへの参加が想定されます。
例えば
- 世界中でのコライト(楽曲の共同作成者)のマッチングサービス
- 楽曲コンペへの参加
- フィンガープリント(ユーザーを推定する技術)事業者への登録
- 配信代行サービスとの連携
などが挙げられています。
KENDRIXメディアについて
KENDRIXプロジェクトの一員となっている音楽クリエイターが、KENDRIXに関する情報を発信するプラットフォームがKENDRIX Mediaです。
様々な記事が投稿されて、以下のカテゴリ別に表示されています。
- KENDRIX
- インタビュー
- エンターテイメント
- データ
- ナレッジ
Twitterの他、YouTube配信なども行っておりいつでも最新情報を確認することができます。
まとめ
音楽クリエイターはなりすましや無許可での使用を始め、使用料の問題などで長年にわたり悩まされてきましたが、KENDRIXの登場はその解決の糸口になると期待されています。
今後もKENDRIXと音楽業界の進化に注目していきたいと思います。