中央型管理システムであるSWIFTがブロックチェーン技術の導入を進めています。今なぜ分散型システムを導入するのか?ブロックチェーン技術が果たす役割とは?
本記事ではSWIFTのブロックチェーン導入の背景、導入を図る狙いを分かりやすく解説します。
この記事の構成
SWIFTとは?
SWIFT※1は銀行間の国際金融取引を支援する協同組合(非営利団体)です。日本語では国際銀行間通信協会と訳され、この組織が提供する金融ネットワークシステムも「SWIFT」として知られています。SWIFTは銀行同士の取引を円滑に進めるために、安全で迅速な情報ネットワークの構築を目指します。
※1 SWIFTはSociety for Worldwide Interbank Financial Telecommunicationの頭文字です。
SWIFTの特徴
- 全世界的な金融ネットワーク
- 口座管理や決済には干渉しない
- SWIFTコード(BICコード)
SWIFTは200以上の国や地域に金融ネットワークシステムを提供しています。国際間金融においてはSWIFTコードと呼ばれる金融機関識別番号を使用し、取引をサポートします。一方で、利用機関の資産管理や決済に干渉することはありません。
運営理念
SWIFTは世界中の金融機関に向けて安全かつ確実な資産移動を支援します。将来的にはメッセージ機能の提供だけでなく、総合的な金融管理サービスのプラットフォームを目指しています。
運営組織
SWIFTは国際的な協同組合であり、非営利団体として運営されています。理事会が経営方針を決定し、運営はG10※2諸国の中央銀行によって監視されます。
SWIFTはベルギーに本社があるため、ベルギーの法律を遵守する必要があります。また、EU(欧州連合)の規制に従わなければならないという側面もあります。
※2 G10(Group of Ten)は1962年に国際通貨基金(IMF)の一般借入取極(GAB)への参加に同意した国のグループです。現在は日本を含む11カ国が参加しています。
加盟機関
SWIFTには銀行、証券会社、証券取引所など全世界で200以上の国又は地域で11,000以上の機関が加盟しています。
日本の銀行や金融機関も多く加入しており、東京にはSWIFTの公式窓口も設置されています。
SWIFTのブロックチェーン導入の背景
ネットワークシステムの旧式化とともに、SWIFTにはさまざまな問題点が生じています。ユーザー(金融機関)側からは人的/時間的コストへの不満も高まっています。
そこで注目されているのがブロックチェーン技術です。SWIFTがブロックチェーンを導入することで、送金コスト削減はもちろん、取引の透明性の向上、システムのセキュリティ強化が期待されます。
SWIFTがブロックチェーン導入を目指す背景を詳しく見ていきましょう。
SWIFTの機能が旧式化
SWIFTは1973年5月の設立から50年が経ちます。旧来のシステムには脆じゃく性や不便な部分が多く、ユーザーである金融機関からアップデートに対するニーズは高まっていました。
特にメッセージ量の制限や送金完了までの人的/時間的コストが問題視されています。人の手による確認動作などは不確実性があり、実際に改ざんコードが使用された不正送金事件が起こっています。
SWIFT GPIへの期待
2016年、SWIFTを使うバングラデシュ中央銀行の口座から不正に約8,000万ドルが送金される事件が起きました。ハッカーがSWIFTのネットワークに侵入し、不正コードを使用して取引を改ざんするといったものでした。
事件を受けてSWIFTは「顧客安全プログラム」(CSP:Customer Security
Programme)を設けるなど、金融機関側のセキュリティ対策をサポートしています。
さらに2017年1月、SWIFT GPI※3を導入して国際送金の即日着金や手数料の透明性、送金の処理過程の追跡、レミッタンス情報※4の規格統一化などを実現させています。
※3 GPI(Global Payments Innovation)はSWIFTが提供する海外送金サービスです。
※4 レミッタンス情報は送金に関わる情報のことです。送金手数料、為替レート、送金先の銀行口座情報、送金手続きの流れなどが含まれます。
ブロックチェーン技術の台頭
GPIの導入により、海外送金は同日以内に完了することが可能になりました。しかし、暗号資産決済の即時性やトランスペアレンシー※5に対してGPIのパフォーマンスは十分なものではありませんでした。
そこでSWIFTは新しい送金技術であるブロックチェーンに目を付けることになります。2017年からブロックチェーン技術に関する実証実験を開始し、独自の決済システムGPIとの統合を目指すことになります。
※5 トランスペアレンシーは透明性や公開性を意味します。ブロックチェーンに記録された情報はいつでも誰でも確認できます。
SWIFTの競合相手
SWIFTはシステムのアップデートとしてブロックチェーン導入を進めています。加えて、国際金融システムの標準化をめぐる競合対策としての側面もあります。
SWIFTの競合相手として世界各国が開発/導入を進めるCBDC、中国やロシア主導の国際金融ネットワーク、国際送金に特化した既存の暗号資産を紹介します。
SPFSやCIPSとの競合
SWIFTは国際間の金融システムの世界標準として成長を果たしました。一方でSWIFTの国際的な地位に不満を持ち、独自の国際金融ネットワークを構築しようとしている国もあります。顕著なのが中国とロシアの試みです。
中国はCIPS(Cross-border Interbank Payment System)※6、ロシアはSPFS(Sistema Peredachi Finansovykh Soobscheniy)※7という国際金融決済システムの普及を進めています。
CIPSもSPFSもブロックチェーン導入によって高いユーザビリティーと低コスト化を実現させようとしています。SWIFTもブロックチェーン導入において、競合を見越した対策をとる必要があるでしょう。
※6 CIPSは中国主導の国際金融システムです。人民元建てでの外国送金や国際決済のために作られました。欧米や日本のメガバンクも利用しており、参加する金融機関は1,200以上とされています。
※7 SPFSはロシアの金融情報伝達・決済用銀行間システムです。2018年よりブロックチェーン技術導入が進められており、セキュリティ上の懸念の解消や送金手数料の削減が期待されています。参加する金融機関は400以上とされています。
CBDCとの競合
CBDC※8は中央銀行が発行するフィアット通貨建ての暗号資産です。ブロックチェーンを使用してリテールからホールセール(業者間取引)に対応した決済を可能にします。
他にもリテールとホールセールの機能を合わせたハイブリッドCBDCや国際金融決済に使用されるCross-border CBDC(国際CBDC)などの開発が進んでいます。
CBDCは独自のチェーンを使用することから、SWIFTの強力な競合相手として認識されています。ブロックチェーンの導入を進めるSWIFTにとってCBDCへの対策は最重要事項といえます。
※8 CBDC(Central Bank Digital Currency:中央銀行デジタル通貨)は各国の中央銀行が発行するデジタル通貨です。
XRPとの競合
XRP(リップル)は国際送金ソリューションに特化した暗号資産です。低コストかつ非常にスピーディに送金が可能ということで、SWIFTに代わる国際送金システムとして注目されています。
XRPはすでに数百の金融機関と提携して実証実験を進めています。提携先には日本の金融機関も多く含まれます。英国やサウジアラビアの中央銀行とも協力関係を築いており、SWIFTにとっては強力なライバルといえます。
ブロックチェーン導入の実証実験
SWIFTはブロックチェーンの導入を進めるために、多くの実証実験を行っています。実験には世界中から多くの金融機関が参加し、分散型管理システムの有効性を実証しています。
またCBDCへの対策/準備も合わせて進められており、異なるブロックチェーン間でのCBDCクロスボーダー決済などの実験も行われています。
ブロックチェーンの多国間実証実験
2017年、SWIFTはブロックチェーン技術を用いてリアルタイムにノストロ・アカウント(銀行間決済用の口座)を管理する実験を行いました。
実験開始当初から33行、その後22行の金融機関が参加してDLT(Distributed Ledger Technology:分散型台帳技術)の有効性を確認しました。日本からも三井住友銀行が参加しています。
R3社のCordaと連携
2019年2月、SWIFTはGPI決済システムをR3※9のCorda※10を使用して国際送金に関わるテストを実施することを発表しました。
テストではR3社のCordaとXRPを採用したCorda Settlerを利用しています。R3社との実証実験により、Cordaによる銀行間での決済承認、支払い、履歴参照機能を確認しました。
※9 R3は米国ニューヨークに拠点を置いたDLTを開発する企業です。
※10 CordaはR3が開発したオープンソースの分散型元帳プラットフォームです。
CBDC決済実験
2022年5月、異なるDLTネットワーク間におけるCBDCの転送の実証実験を開始しました。結果として、異なるブロックチェーン間でのCBDCクロスボーダー決済、複数のプラットフォームで発行されたトークン化資産の現金決済などを実証しています。
Chainlink(チェーンリンク)を使って
2022年9月、SWIFTはChainlink(チェーンリンク)※11を利用したブロックチェーン導入の実証実験を進めていると発表しました。CCIP※12と呼ばれる仕組みを利用し、SWIFTメッセージでオンチェーンのトークン転送を指示できるようにします。
※11 Chainlinkはイーサリアム上に構築された分散型オラクルネットワークです。ブロックチェーンと外部システム(オフチェーン)とをつなぐミドルウェア(中間処理役)の機能を持ったプラットフォームとして注目されています。
※12 CCIP(Cross-Chain Interoperability Protocol)はSWIFTがブロックチェーン環境で運用できるように支援する仕組み。
ブロックチェーン導入がもたらす効果
ブロックチェーンの導入によって、決済速度の改善やセキュリティ向上、人的コスト削減など多くのメリットが期待できます。
詳しく見ていきましょう。
決済スピード向上
SWIFTはGPIを導入したことで、決済送金の50%以上は30分以内、残りのほぼ100%も24時間以内に着金されるようになりました。さらに、ブロックチェーンが導入されれば決済スピードは向上する可能性があります。
SWIFTシステムの競合として知られるXRPは数秒~数十秒程度で送金が完了します。SWIFTにとって、決済スピードの向上は大きなテーマです。
コスト削減効果
ブロックチェーンを導入することで、スマートコントラクトによる中間コスト削減効果が期待できます。
スマートコントラクトは契約内容をプログラムによって自動的に実行する仕組みです。自動化された支払い処理や契約内容の厳密な履行など、業務プロセスの効率化につながります。
データ管理の改善
ブロックチェーン上で記録された取引履歴は変更不可能で、識別しやすい形で保存されるため、データ管理が容易になります。送金速度によっては、ほぼリアルタイムでトラブルシューティングや監査ができます。
セキュリティ強化
ブロックチェーンは分散型台帳技術であり、取引データがネットワーク上の複数のノード※13に分散管理されます。中央集権型のデータ管理はデータ保管先に不具合が生じた場合、システムに重大な損害を与えます。ブロックチェーン導入は送金システムのセキュリティ強化に非常に有効です。
※13 ノードはコンピューターやサーバーなどの端末機器です。ブロックを生成する計算を行います。
透明性の向上
国際金融取引履歴は全てブロックチェーンに記録され、誰でも観覧が可能となります。ブロックチェーン導入で取引の透明性は高まり、不正取引やマネーロンダリングの防止につながると期待されています。
課題は?
ブロックチェーンの導入で多くのメリットが期待できる一方で、分散型台帳システムを使用することで生じる課題も挙げられています。
分散型システムにおける管理者問題、スケーラビリティリスク、法整備に関する課題を解説します。
管理者について
ブロックチェーン技術は自律的なシステムであり、中央管理者を必要としません。一方で、国際金融取引を行う上でシステムの管理者が不在というのは問題です。
実際に金融取引に不具合が起きた場合に誰が補償するのか?すべて自己責任に帰するシステムで良いのか?SWIFTが実証実験を進めていく中で注目されるテーマとなります。
ブロックチェーンシステム自体の課題
ブロックチェーンは取引が全てのノードで共有/実行されるため、大量の取引が同時に行われた場合、ネットワークが過負荷になることがあります。これをスケーラビリティ問題といいます。
SWIFTは多くの重要な国際金融取引を仲介するシステムなので、トランザクションが詰まるといった事態は絶対に回避しなければなりません。スケーラビリティ問題への取り組みは非常に重要です。
国際調整と法整備
ブロックチェーンや暗号資産に関する法律や規制が国や地域によって異なる場合、国際的な調整が重要なテーマになります。SWIFTのみで解決する問題ではありませんが、各国のCBDCや暗号資産全般に関する法的立場を理解し、尊重する必要があります。
まとめ
SWIFTは1973年に設立されて以来、国際金融決済において重要な役割を果たしてきました。全世界で200以上の国又は地域で11,000以上の金融機関が利用していることもあり、SWIFTなしでは国際金融は成り立ちません。
一方でシステムの旧式化、CBDCの出現などによってSWIFT自体の変革が迫られています。本記事ではSWIFTの主要な変革テーマとなっているブロックチェーン技術導入について解説させて頂きました。
本記事がSWIFTの取り組みや未来の国際金融を理解する上でお役に立てれば幸いです。