千葉工業大学学長の伊藤穰一氏と、あと払いサービスのリーディングカンパニー「Paidy」創業者のラッセル・カマー氏は、日本発のイーサリアム完全互換レイヤー1ブロックチェーン「Japan Smart Chain(JSC)」の開発を発表しました。
JSCは、日本企業のWeb3導入において課題とされるデータ主権やコンプライアンスの問題に対応するインフラとして注目を集めています。
この記事では、JSCが生まれた背景や技術的特徴、今後の将来性などについて解説します。
この記事の構成
JSCの開発背景と課題認識
現在、日本企業のWeb3導入を妨げている主な課題として、規制対応の不透明さやデータの域外移転の問題などが挙げられます。
さらに、各アプリケーション間でのeKYC(オンライン本人確認)プロセスの重複など、コンプライアンス対応における非効率な作業の存在も大きな障壁となっています。
これらの課題について、具体的に見ていきましょう。
日本企業のWeb3導入を妨げる要因
Web3への関心が高まり、政府もデジタル資産の利用推進に向けた規制環境の整備を進めています。しかし、多くの日本企業は依然として、Web3の本格的な導入に踏み切れていません。
特に、金融機関やeコマース企業では、規制対応の不透明さが大きな障壁となっています。また、海外のブロックチェーンプラットフォームを利用する場合、日本の規制当局への説明責任を果たすことが困難であるという実務的な課題も存在します。
さらに、システム障害や不正アクセスが発生した際の責任の所在が不明確であることも、企業のWeb3導入を躊躇させる要因となっています。
データ主権とコンプライアンスの問題
企業がブロックチェーンを導入する際、データがどの国のサーバーに保管されているのか、どの国の規制に従うべきかという不確実性が大きな懸念となっています。
特に金融系のサービスでは、個人情報保護法や資金決済法への対応が必須であり、データの域外移転に関する明確なガイドラインが必要です。
また、暗号資産(仮想通貨)交換業者に求められる本人確認義務(KYC)や取引モニタリングの要件を、ブロックチェーン上でどのように実装するかという技術的な課題も存在しています。
既存のパブリックブロックチェーンの限界
イーサリアムをはじめとする既存のパブリックブロックチェーンは、グローバルな分散化を重視するあまり、特定の国の規制環境に最適化することが困難でした。
例えば、トランザクションの承認プロセスやデータの保管場所を国内に限定することは、これまでのブロックチェーンの設計思想とは相反するものでした。
また、各国の規制当局が求める本人確認やマネーロンダリング対策の要件は国によって異なるため、グローバルなプラットフォームではそれらすべてに対応することが技術的に困難でした。
JSCの技術的特徴
JSCは、イーサリアムとの完全な互換性を維持しながら、日本の規制環境に最適化された独自の技術基盤を実現しています。
特に注目すべきは、独自開発のMIZUHIKIプロトコルと、日本国内に限定されたバリデータノードの構成です。
イーサリアム完全互換の実現方法
JSCは単なるイーサリアムのフォークではなく、独自のBlock Builder(トランザクションの法規制対応をチェックし、有効なトランザクションをブロックにまとめて処理する仕組み)を実装しています。
これにより、イーサリアムのコアプロトコルを変更することなく、日本の規制要件に対応する仕組みを実現しています。
また、イーサリアムの将来のアップグレードにもスムーズに対応することが可能です。イーサリアムのツール群やレイヤー2ソリューションもそのまま利用できるため、開発者は既存の知識やリソースを活用することができます。
MIZUHIKIプロトコルの仕組みと意義
MIZUHIKIプロトコルは、eKYCとAML(アンチマネーロンダリング)対応を一元化する独自の認証システムとして設計されています。
このプロトコルは、W3C(World Wide Web Consortium:各種技術の標準化を推進するために設立された非営利団体)の分散型識別子の仕様に準拠しています。そのため、ゼロ知識証明技術を用いてプライバシーを保護しながら、必要な認証情報を提供することができます。
例えば、ユーザーの年齢確認が必要な場合、実際の生年月日を開示することなく、成人であることだけを証明することが可能です。さらに、このプロトコルはブロックチェーン上で完結するため、従来のような中央集権的なKYCプロバイダーに依存する必要がありません。
バリデータ構成による分散化と主権性の両立
JSCのバリデータネットワークは、21の「日本主権型」バリデータノードで構成され、そのすべてが日本国内に設置されます。
これらのバリデータノードは、フルノード(日経100企業から8〜10社)、デリゲート型(中〜大規模企業から8〜10社)、リテール型(中小企業および個人から3〜5社)の3つのカテゴリに分類され、多様な主体による運営を実現します。
この構成により、特定の組織への過度な権力の集中を防ぎながら、日本の法規制に準拠した運営を確保することができます。
日本発であることのメリット・デメリット
JSCが日本発のブロックチェーンであることには、メリット・デメリットの両面があります。
メリットとしては、日本の規制環境への最適化、日本企業との高い親和性、国内でのサポート体制の充実などが挙げられます。
一方で、デメリットとしては、グローバル展開における制約や、日本特有の規制対応によるパフォーマンスへの影響などが考えられます。ただし、JSCではイーサリアムとの完全互換性を維持することで、これらのデメリットを最小限に抑える工夫がなされています。
JSCのユースケースと将来性
JSCは、その技術基盤を活かして、特に決済、資産のトークン化、組織運営の3つの分野で具体的なユースケースの展開を想定しています。
これらの分野では、日本の規制環境に最適化されたインフラとしての価値を最大限に発揮することが期待されています。
決済ソリューション
JSCは、ステーブルコインによる決済において新しいソリューションを提供します。
MIZUHIKIプロトコルによる規制対応の自動化と、Block Builderによる優先的なトランザクション処理により、低コストかつ高速な決済が可能となります。
特に、金融庁が定める資金決済法の要件に準拠した形でのステーブルコイン発行・流通が実現可能である点は大きな強みです。これにより、既存の決済手段と比較して大幅なコスト削減が期待できます。
RWAトークン化
実世界資産(RWA)のトークン化において、JSCは独自の優位性を持っています。
日本国内の法規制に準拠したスマートコントラクトテンプレートを提供することで、不動産や金融商品などの資産のトークン化をスムーズに実現できます。
また、トークン保有者の本人確認や権利移転の記録が自動的に行われることで、法的な要件を満たしながら効率的な資産運用を行うことが可能になります。
DAOガバナンス
JSCは、日本の法制度に準拠したDAO(分散型自律組織)の運営基盤を提供します。
特に注目すべきは、MIZUHIKIプロトコルによる本人確認システムと組み合わせることで、責任の所在が明確な形でのDAO運営が可能となる点です。
従来のDAOが抱えていた法的な不確実性を解消しつつ、組織運営に必要とされる安全な取引環境や公平な評価管理ツールの導入を実現します。
想定される課題と対応策
JSCの実用化に向けては、いくつかの課題も想定されています。特に、バリデータノードの国内設置による処理速度への影響や、グローバルなブロックチェーンプロジェクトとの相互運用性の確保などが挙げられます。
これらの課題に対しては、レイヤー2ソリューションの積極的な活用や、イーサリアムとの互換性維持による解決が図られています。また、定期的なプロトコルのアップデートにより、新たな規制要件や技術革新にも柔軟に対応できる設計となっています。
日本主権型レイヤー1チェーンJSCまとめ
Japan Smart Chain(JSC)は、日本の規制環境に最適化されたブロックチェーンインフラとして、Web3技術の実用化における重要な転換点となる可能性を秘めています。
特に、MIZUHIKIプロトコルによるコンプライアンス対応の自動化や、データの国内保管による主権性の確保は、従来のブロックチェーンプロジェクトにはない特徴となっています。
一方で、バリデータノードがすべて国内の経済主体に限定されている点や、グローバルなWeb3インフラとの連携において、今後何らかの弊害が生まれてくるかもしれません。
2025年の本格稼働に向けて、現在も様々な実証実験やパートナー企業との連携を進めているJSC。日本のブロックチェーン業界における新たな標準を示すことが期待されています。