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ブロックチェーンで科学の世界にメスを!DeSci(分散型科学)について解説

解説系記事

現在、ブロックチェーンは暗号資産(仮想通貨)やNFTなどの金銭的価値がつくテクノロジーと関連した文脈で語られることが多く、必然的に「ビジネスや経済のための技術」であるとみなされる傾向にあります。

しかし、ブロックチェーンが秘める可能性は決してビジネス分野に留まるものではありません。

不自由なく生活を送っているように見える我々現代人が生きる世界にも、未解決の課題は数多く存在します。特に、多くの課題を抱える領域の1つが科学(サイエンス)の世界です。

そして今、ブロックチェーンによって科学の課題を解決し、新たな科学の姿を模索する動きがあります。それがDeSci(Decentralized Science:分散型科学)と呼ばれる考え方です。

この記事では、わたしたち人類の豊かな生活を支える科学の世界に潜む課題と、それらに立ち向かうDeSciの概念についてわかりやすく解説します。

DeSci(分散型科学)とは

AI関連のサービスを提供する株式会社アラヤで研究員を務める濱田太陽(はまだ ひろあき)氏によると、DeSciは「分散型のガバナンスに支えられた民主的なサイエンスシステムの構築と、それによるサイエンスの実践のこと」であるとされています。

「これにより科学が商業企業から離れて、科学者コミュニティが自律的でオープンにサイエンスを実施することが目指されている」とも濱田氏は語っています。

引用元:濱田太陽「DeSci (分散型サイエンス)を求める科学者の背景 ver 1.0

この濱田氏の言葉はすなわち、現在のサイエンスシステムは「分散的・民主的」ではない、つまり中央集権的な主体に権力が集まっている状態にあることを意味しています。

これはいわゆるWeb2と呼ばれる産業構造の中で、GAFAのような特定の巨大企業の支配力が高まっている状態に類似しています。

ここからは、科学の世界で中央集権的な権力が存在することによる弊害や課題について具体的な事例を順に紹介すると共に、それぞれの課題についてブロックチェーンを基盤とする各種技術がどのような解決策を提供しうるかを考察していきます。

研究資金の調達と再現性の危機

1つめは研究にかかる資金の問題です。

ここでは、以下の3つのキーワードから課題を掘り下げていきます。

  • 研究資金の調達
  • 研究内容の偏り
  • 再現性の危機

課題

科学研究には多額の費用がかかります。そして研究者は、自分の研究資金を自ら調達しなければなりません。

つまり、研究者にとって資金調達は研究そのものと同じくらい重要な職務になります。

研究者は国や企業が配分する資金(グラント)を獲得するために提案書を作成していますが、この提案書の作成に膨大な時間を割いているというのが現状です。

しかも、国や企業には多数の提案が集まるため、自身の提案が採択されて資金が獲得できる保証はありません。

  • 資金は自分で集めなければならない
  • 資金獲得のための提案には膨大な時間がかかる
  • 必ずしも資金が獲得できるとは限らない

この環境下で研究者には「是が非でも自分の提案を通さなければならない」というプレッシャーがかかります。

その結果、さらなる問題が発生します。

それが「研究内容の偏り」と「再現性の危機」です。

資金調達の成否は、その研究内容が社会に与えるインパクトを定量化した指数と密接に関わっています。

言い換えれば「世間の注目を集める研究内容」「斬新でセンセーショナルな研究内容」のプロジェクトを自身の研究テーマとして選択した方が、資金を獲得できる確率が上がります。

その結果、たとえ重要でも注目度の低い研究テーマの提案は減り、世間の目を引く研究テーマばかりが提案されることになってしまい、研究内容に偏りが生じます。

加えて、再現性の危機と呼ばれる問題も出てきます。

「再現性がある状態」とは「研究論文に書いてあるものと同じ材料(研究対象)を用意し、同じ方法を試したら、同じ結果が出る」という状態を指します。

言うまでもなく、再現性があることは科学における必須条件の1つです。

ところが今の学術界では、論文と同じ方法で実験を行っても同じ結果が出ないことがしばしば起こっており、これを再現性の危機と呼んでいます。

そして再現性の危機が生ずる原因も、資金獲得を優先せざるを得ないという環境に起因します。

具体的には、研究者は自分の提案を通すために、

  • 自分に都合のよい実験結果だけを選んで論文を書く
  • 統計的には正しいと言い切れない結果でも、正しいものとして扱う
  • そもそも再現実験を十分に行っていない状態のまま提案をする

というように、科学の世界ではあるまじき行為に手を染めざるを得ない状況があるのです。

これらの行為はいずれも研究の再現性を毀損する行為であり、再現性の危機が生じる原因となっています。

解決策(NFT・トークン発行)

「研究内容の偏り」と「再現性の危機」については、そもそも研究者がより安定的に資金を獲得できる手段さえあればほぼ解決し得る問題です。

そこで現在、研究者が利用できる新たな資金調達の手段として用いられているのが、NFTやトークンの発行です。

ビジネスの世界では、NFTやトークンを用いた資金調達はもはや珍しいことではありません。

たとえば、ジェネラティブと呼ばれる大規模NFTコレクションの販売で調達した事業資金を用いて、さらなる事業を展開するプロジェクトなどがあります。

世界的に有名なNFTコレクションのBAYC(Bored Ape Yacht Club)なども、NFTの販売で調達した資金を用いて新しくメタバースの開発を進めていると言われています。

これと同じように、研究者もNFTやトークンを発行することで研究資金を調達することができます。

こういった動きを個人で作ることは難しいかもしれません。しかし、実はすでに科学領域のDAO(自律分散型組織)が存在し、DAOを中心にNFTやトークンをローンチしているケースがあります。

このように、研究者が安定して研究資金を確保できる手法が確立することで、研究者自身も膨大な提案を作成する作業から解放され、研究により多くの時間を割くことができるようになります。

オープンサイエンスとpay-to-publish

2つめは科学の公共性に関わる問題です。

ここでは、以下の2つのキーワードから課題を掘り下げていきます。

  • オープンサイエンス
  • pay-to-publish(出版するなら金を払え)

課題

かつては、科学研究の内容は広く世間に開示されることはなく、一部の限られた人しかアクセスすることができないものでした。

しかし近年、世の中の発展に寄与する科学研究の成果は研究者以外の人達にも解放されるべきであるという風潮が高まっています。

研究者自身も自分の研究や論文が多くの人の役に立つことを望んでいることから、研究結果は「公共財」として扱われるようになりました。

その流れで確立したのが「オープンサイエンス」という考え方です。

これは科学のプロセスを公開したり、研究内容を研究者以外にも解放する「科学の民主化」の動きを指します。

ところがこのオープンサイエンスの取り組みにより、ある弊害が発生しました。

それが「pay-to-publish(出版するなら金を払え)」というビジネスモデルです。

このpay-to-publishについて理解するために、まずは研究者と科学誌の出版社の関係について理解しておきましょう。

研究者にとって、自身の研究結果が有名な科学雑誌に掲載されることは非常に重要です。

研究者としての評価は「有名な科学雑誌にどれだけ自分の研究結果が掲載されたか」に依存する部分が大きいためです。

一方、雑誌の出版社としては雑誌の発行を継続するために対価を得なければなりません。

そしてこれまでは、論文の内容を読みたい人が出版社に対して対価を支払うというビジネスモデルが成立していました。

ところが、オープンサイエンスの風潮が高まることにより、この状況が一変します。

雑誌に掲載される論文の内容は「広く世の中に開示されるべきものである」という考えから、利用者は論文を読むために出版社に対価を支払う必要がなくなりました。

その結果、出版社は「論文を掲載してほしければ掲載料を支払え」という形で、研究者に対して論文掲載の対価を求めるようになります。

これがオープンサイエンスの浸透によって生じた「pay-to-publish(出版するなら金を払え)」というビジネスモデルです。

この状況下でも研究者は、自身の評価を高めるために雑誌に研究結果を載せ続けねばならず、そのたびに金銭的負担を強いられることが昨今は課題視されてきました。

解決策(分散型コミュニティ・NFTによる検証可能な評価)

この問題は「研究者が出版社に依存することなく、研究者として適性に評価される仕組み」があれば解決できる可能性があります。

つまり、雑誌への論文掲載に代わる新たな「研究者の評価方法」の確立が求められています。

この具体的な事例として、研究者の活動を評価する分散型のコミュニティがすでに存在しています。

その研究コミュニティが価値を認めた活動を行うことで、研究者はNFTを獲得することができます。

獲得したNFTが多い研究者ほど、価値の高い研究結果を数多く残したという事実が証明されることになります。

さらにその事実はブロックチェーンに刻まれることで、確実に検証可能な成果として研究者の評価に用いることができます。

無償査読

3つめは研究内容の査読に関する課題です。

課題

研究論文を読み、誤りの有無の指摘や掲載の適否について判断を下す行為を査読と呼びます。

そしてこの査読という行為は、科学者同士がその内容をチェックする無償の活動として行われることがほとんどです。

一方、論文の著者と査読者の仲介役として間に入ることがあるのが出版社です。

論文の著者にも査読者にも報酬が入らないどころか、この仲介役である出版社に対する仲介手数料を研究者側が支払わねばならないといういびつな収益構造が生まれてしまっているのが現状です。

解決策(スマートコントラクトによる仲介と報酬の支払い)

この問題を解決し得るのが、ブロックチェーンが持つスマートコントラクト機能です。

仲介者の代わりにスマートコントラクトのプログラムが間に入ることで、論文の著者と査読者の仲介が第三者の手に委ねられることなく直接行われます。

そして査読が完了した際には、スマートコントラクトで著者から査読者に対して直接報酬が支払われます。

このように、これまで無償だった査読行為に報酬が発生すると共に、仲介者に手数料を抜き取られることもなくなります。

DeSciの今後の展望まとめ

本記事ではDeSci(分散型科学)の事例について解説しました。

科学の世界は一般の人から見えにくい部分があるからこそ、様々な課題に光を当て、解決に向かうためにもブロックチェーン技術の活用は必須です。

今回紹介した内容以外にも、ブロックチェーンや分散化の概念によって解決できる科学領域の課題は多数あります。

今後、学術界の多方面に散在している課題を共通の価値基準に集約していくことで、DeSciという概念がより確固たる考え方となることが期待されています。

Sparrow

Sparrow

フリーランスのWebライター。ブロックチェーンの非中央集権的な世界観に惚れ込み、暗号資産・NFT・メタバースなどのWeb3領域に絞って記事を執筆。自らの暗号資産投資やNFT売買の経験をもとに、難しいと思われがちなブロックチェーンについて、初心者にもわかりやすい記事を書くことを心がけています。好きなNFTクリエイターは「おにぎりまん」氏。
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