日本の伝統文化産業は年々衰退の一途を辿っており、生産量は約30年前のピークの五分の一に減少したとも言われています。こうした状況の中、日本の伝統文化とNFTを掛け合わせたプロジェクトが近年いくつも誕生しています。本記事ではこれらのプロジェクトの概要について紹介したのち、伝統文化が抱える問題と、NFTを活用することで伝統文化産業はどう変化していくかについて考察します。
この記事の構成
日本の伝統文化におけるNFT活用事例
2021年はNFT元年とも呼ばれるほどNFTが大きな流行となり、関連企業やNFTを活用したプロジェクトが多数誕生しましたが、日本の伝統文化の分野もその大きなムーブメントの影響を受けました。本章では伝統文化がNFTを活用した事例をカテゴリーごとに紹介していきます。
花火大会
花火イベントの主催や開催サポートを手がける岩手県陸前高田市のFIREWORKS株式会社が、花火をテーマにしたNFTアートのチャリティオークションを開催しました。
国内の人気NFTアーティスト3名(Skybase、RA、Nyice!)によって制作された「花火」をテーマにしたアート作品が、2022年4月29日に岩手県陸前高田市で開催された三陸花火大会にて初めて展示され、得られた収益は花火打ち上げ費用として全額寄付されました。
FIREWORKS株式会社は、今後も花火師やNFTアーティストなど様々な業界と共同で「花火」をテーマにNFTアートを制作し、日本の花火産業の世界的価値向上に貢献することを目指すと発表しています。
また、日本の伝統的な花火大会の一つである三重県桑名市の「桑名水郷花火大会」では、世界120ヵ国のメタバースでも花火大会に参加できるイベントを開催しました。
メタバース空間はMetafrontier株式会社と株式会社Meta Heroesが提供し、桑名市と三重テレビ放送株式会社との共同で実現したこのイベントは、日本で初めてリアルとメタバース上でのイベントが同時開催された事例として話題になりました。
花火大会は2022年7月30日(土)19:30 に開催され、メタバースの参加者には来場者限定記念NFTが無料で配布されました。
琉球びんがた
株式会社ピハナコンサルティングは、琉球びんがた事業協同組合、琉球びんがた職人、一般社団法人琉球びんがた普及伝承コンソーシアム、知念紅型研究所と連携し、沖縄を代表する伝統的な手染物である「琉球びんがた」のNFTプロジェクトを開始しました。
琉球びんがたとは、沖縄の自然や特色を鮮やかな色彩と大胆な構図で表現した手染物で、その起源は13世紀にまで遡ると言われています。その伝統は歴史の荒波の中で何度も消えかけながら、現在まで引き継がれてきました。
日本の文化や技術を活用して新しい事業価値を創造するビジネスデザインファームである株式会社ピハナコンサルティングは、消えかかっている琉球びんがたの伝統と、デザインのライセンス管理の問題などに着目し、NFTプロジェクトを考案しました。
このプロジェクトではライセンス問題への解決策として、本染め・型紙のデジタルデータをNFT化して販売したり、デザインデータを使った商品の開発・販売の推進、琉球びんがた工房への視察の権利もNFTとしてリリースしたりといった、NFTの積極的な活用が計画されています。また、NFT化されたデザインは二次創作が可能で、かつ商用利用に関しても部分的に認められています。
このようにプロジェクトを通して新たな収益化の方法を構築し、職人と利用者が直接繋がれるような琉球びんがたのDAOが発足することを目指しています。
琉球びんがたのデザインは2021年12月よりOpenSeaにてリリースされ、「琉球びんがたコミュニティ」というDiscordも立ち上げられました。
京友禅
江戸時代前期に京都で生まれた、伝統的な染色技法を用いた着物である京友禅の草稿デザインをNFT化するプロジェクトがNFTマーケットプレイス「HINATA(ヒナタ)」にて開始されました。
京友禅とは、京都府一帯で作られる染織品のことで、花鳥風月などの模様を絹の生地に鮮やかな色彩で表現したデザインが特徴で、1976年には経済産業省指定伝統的工芸品に指定されています。
京友禅を作る際には、伝統的な意匠を原寸大で描いたデザイン画である草稿が用いられ、その草稿を基に伝統工芸の職人たちが数十もの工程を経て着物などを仕立てていきます。
京都・洛中で120年以上京友禅を受け継いできた株式会社関谷染色とNFTマーケットプレイス「HINATA」が協力し、この草稿の画像をNFT化するというプロジェクトをスタートしました。
HINATAは京友禅のプロジェクトを通して、NFT化された草稿のデザインをアーティストやクリエイターに提供し、二次創作や商用利用などを推進しながら、新しい文化とコミュニティの創造を目指しているとのことです。
御朱印
株式会社博報堂が手がけるプロジェクトである「HAKUHODO Blockchain Initiative」(ブロックチェーン技術の活用をテーマにしたプロジェクト)と博報堂行動デザイン研究所が、CryptoGamesおよび明和観光商社と共同で、三重県明和町の竹神社で御朱印がデザインされたNFTを無料配布する実証実験を2022年3月に実施しました。
竹神社の一般参拝の日である「満月参り」に神社に参拝し、紙の御朱印を授かった参拝者にQRコードを無料で配布し、御朱印NFTを入手してもらうというこの実験では、200人以上の参拝者のうち三分の一ほどにダウンロードされたという結果となりました。
このような実証実験は4回繰り返され、ついに有用性が検証されたとして2022年8月より「竹神社デジタル御朱印」の頒布が本格的に開始されました。これは2022年8月~2023年7月の土日、満月の日に竹神社に参拝し御朱印を授かると「竹神社デジタル御朱印」が1枚につき1度頒布されるというものです。竹神社の花手水をモチーフとした絵柄は毎月変わるため全部で12種類用意されており、CryptoGamesが提供するNFT配布ソリューション「NFT Airdrop」にて配布される仕組みです。
歌舞伎
歌舞伎俳優の市川海老蔵氏が、2021年11月に初のNFT作品をオークション販売しました。
日本の伝統文化や歴史と最新テクノロジーを掛け合わせたプロジェクトを手がけた株式会社ワントゥーテンが独自のNFTストアである「ワントゥーテン NFT STORE」を開設。市川海老蔵氏の主演・総合演出でライブ配信を行った「Earth & Human」のボリュメトリックライブ映像作品「Earth & Human LIVE」と、初公開となるVRエディション「Earth & Human VR」をオークションにて期間限定で販売しました。これらは日本最古の舞である「三番叟」をベースとし、人間と自然の関係性を表現した作品となっています。
第1回目のオークションは2021年11月4日〜25日に行われ、最大0.55ETHで落札されました。日時は未定ですが、第2回目のオークションも開催される予定となっており、株式会社ワントゥーテンのCEO澤邊芳明氏は、NFTを用いて歌舞伎を盛り上げるようなプロジェクトを今後も展開していくと語っています。
仏具
仏具の需要減少への対策や、倉庫に保管されたままの金属工芸品をもう一度市場に流通させたいという目的から、富山県で昭和20年から続く仏具メーカーの株式会社ハシモト清は#SilenceLABというプロジェクトを立ち上げました。
伝統工芸品としての仏具は年々需要が減少していることから、その技術が失われつつあるという現状を問題視し誕生した本プロジェクトでは、ハシモト清の倉庫から発見された高岡銅器を植物が植えられるように加工し、「わびさびポット」という新しい商品として再生。さらにそれらを10秒程度の3DアニメーションのNFTとしてデジタル化し、OpenSeaにて完全10個限定で順次出品されます。
仏具という限られた場面での用途にとらわれず、伝統工芸品の技術と価値をNFTで保存していこうというユニークな試みと言えるでしょう。
伝統文化×NFTに特化したプロジェクトとマーケットプレイス
伝統文化産業のなかでNFTが活用され始めている中で、日本の「伝統文化×NFT」の推進を目的としたプロジェクトやマーケットプレイスも登場しています。ここではその代表的な例をご紹介します。
「JINP(Japan Inspired NFT Portal)」
株式会社CyberZと株式会社OENは、NFTを通じて海外へ“日本の文化”を世界に発信するプロジェクト「JINP(Japan Inspired NFT Portal)」を「日本の伝統文化×現代文化」をコンセプトに、日本のカルチャーを世界に発信していくことを目的として2022年6月に発足しました。
毎回のテーマを日本の四字熟語に設定し、それに合わせた様々な作品を展開していくとのこと。第一回目のテーマは「十人十色」として、10名のイラストレーターが、日本の伝統色である「和色」を表現しました。作品は6月20日〜24日にかけてNFTマーケットプレイス「Foundation」にて販売されました。
第二弾では「温故知新」というテーマの元、世界的カメラマン「RK」による作品が展開される予定となっています。
日本文化に特化したマーケットプレイスORADA
「ブロックチェーン技術」×「日本文化」をテーマに、日本固有の文化・芸術・工芸品が正しく評価される舞台を提供することをミッションとした株式会社ORADAが、独自のマーケットプレイス「ORADA」を発表しました。
ORADAでは、書や浮世絵、手工芸品など、日本の伝統的な文化が生み出す作品を中心に販売しています。マーケットプレイス上では、NFT作品の購入だけではなく、その作品の価値を裏付ける作家情報や技法などを閲覧することができ、会員登録をしていなくてもNFT作品や作家の情報を取得できることが特徴です。
また今後は現物作品の販売機能やステーブルコイン(JPYX)での決済機能、購入したNFT作品の高品質印刷・配送サービスなど、取組みの拡大が検討されています。
HINATA
「HINATA」は、全てのアーティスト・クリエイターが輝けるような未来を目指すために株式会社FUWARIによって作られたNFTマーケットプレイスです。「すべてのアーティストに”陽が当たる”場所」として名付けられたHINATAは、連綿と受け継がれてきた伝統工芸の世界や、若いクリエイターたちの作品を披露する機会を増やし、彼らに収益を還元することを目的として運営しています。難解なイメージのあるNFTの間口を広げるため、慣れ親しんでいるID・パスワードによるユーザー登録や法定通貨によるクレジット・PayPal決済が導入されているため、ユーザーにとっては利用しやすいマーケットとなっています。
本記事の第二章でも紹介したように、HINATAは京友禅の草稿をNFT化し、二次創作を可能にしたことで京友禅の価値を見直す試みを行っています。HINATAは今後、アートに留まらず音楽、食、ファッション、教育などの分野でもNFT活用の機会を開拓し、デジタルスタンプやゲームの開発、クリエイターとファンが直接繋がれるようなグリーティングツールの開発も視野に入れていると言います。こうした幅広い試みは、伝統工芸におけるNFT活用にも生かされていくことでしょう。
伝統文化産業における課題
日本の伝統工芸は、生産額が昭和59年のピーク時に比べて五分の一ほどに減少してしまったとも言われています。下のグラフを見ると、右肩下がりに生産量が年々減少していることが分かります。
衰退が進んでいる背景には、技術革新、農村の衰退、都市化、生活様式の変化など、さまざまな要因が重なったことで需要が下がり、商品が売れなくなっていることや、職人の技術を継ぐ後継者が不足していることが大きな原因として挙げられます。売り上げ減少、生産量減少、人手減少…といった負のサイクルに陥っているのが現状です。
また、「伝統」の名のもとにマーケットの変化に対応できなかったことも根本的な原因として指摘されています。ものづくりをしているだけでは商品は売れないことは、誰の目にも明らかです。商品を売るためにはマーケティングや広報、その他製造工程の管理や納品作業など、ものづくり以外の作業の積み重ねが必要です。工芸品をつくることを生業としてきた職人がこれらの作業をこなせるとは限らない上、急速に変化する時代の潮流に素早く対応していくことは容易ではありません。
伝統文化はNFTに救われる?
本記事で紹介したような伝統文化とNFTを掛け合わせた試みは、伝統文化産業の急速な衰退に多少とも抗うものだと言えます。デジタル化とは遠い場所に位置していると思われがちな伝統文化だからこそ、NFTという最先端の技術と掛け合わせることで話題になるだけでなく、これまでになかった新しいビジネスの可能性も開けるでしょう。また、NFTというデジタルデータを半永久的にブロックチェーンに記録できる技術は、連綿と受け継がれてきた日本の伝統を後世に残していくために最適な手段とも言えます。
現状のNFTの普及率ではまだまだ課題もありますが、今後さらに普及するにつれて活用の方法も多様化し、人々の理解も進んでいくと予想されます。NFTを活用した伝統文化関連のプロジェクトが増えていくことで、伝統文化産業に限らず日本文化全体も勢いを取り戻すことができるのではないでしょうか。
まとめ
日本の伝統文化とNFTを掛け合わせたプロジェクトについてジャンル別に紹介し、伝統文化が抱える問題とNFTが切り開く可能性について考察しました。NFTは2021年に大きな流行となりましたが、すでに多くの伝統文化関連のプロジェクトがあることが分かりました。このことは衰退していく産業への危機感の大きさと、新しいテクノロジーを活用して伝統を何とか守っていこうとする人々の思いの大きさを同時に表しているように思えます。貴重な日本の文化がNFTによってどう変わり発展していくのか、今後も要注目です。