2021年6月5日、エルサルバドルのブケレ大統領がビットコインを法定通貨にすることを発表し、当時の暗号資産(仮想通貨)業界でも大きな話題となりました。
そこから約1年半が経過し、様々な問題点や課題などが浮き彫りになってきています。
この記事では、エルサルバドルのような国家がビットコインを法定通貨にするメリット・デメリットや、法定通貨とビットコインの違いといった基礎知識をわかりやすく解説していきます。
また、現在ビットコインの法定通貨化を推進・検討している国や地域についてもご紹介していくので、興味のある方はぜひ最後までご覧ください。
この記事の構成
法定通貨とビットコイン(暗号資産)の違い
ビットコインの法定通貨化をより深く理解するためにも、まずは法定通貨とビットコイン(暗号資産)の違いについて理解する必要があります。
ここでは、以下の3つのポイントから両者の違いを確認していきましょう。
- 物理的な違い
- 発行体の違い
- 供給量の違い
物理的な違い
法定通貨とビットコインの違いとして、まず物理的なモノの有無という違いがあります。
普段から利用している日本円などの法定通貨には、紙幣・硬貨という実物のモノがありますが、ビットコインなどのデジタル通貨には実物がありません。
しかし、紙幣や硬貨の製造・廃棄などの管理には莫大なコストが発生しており、ビットコインであればこういった経費がかからないというメリットがあります。
また、紙幣に関しては偽造などの犯罪が問題と なりますが、実物のないビットコインはそもそも偽造することが不可能です。
発行体の違い
法定通貨とビットコインの最も大きな違いとして、発行体の存在が挙げられるでしょう。
ご存知の通り、日本円であれば日本国の中央銀行である「日本銀行」が発行・管理を行っていることは有名です。
しかし、ビットコインには中央銀行など特定の発行体はなく、DAO(Decentralized Autonomous Organization)と呼ばれる非中央集権的なオープンソースのコミュニティによって、自律的に運営が行われています。
もともと、ビットコインは銀行や国家などの中央管理者を介することなく、誰でもパーミッションレス(許可を必要とせず)に利用できる金融インフラの構築を目的に開発が行われました。
このように、法定通貨とビットコインには、特定の発行者の有無という大きな違いがあることは知っておきましょう。
供給量の違い
法定通貨とビットコインの最後の違いとして、通貨が市場に流通する量や供給する量が挙げられます。
法定通貨は基本的に発行上限が決められておらず、経済状態にあわせて流通量や供給量が調節されます。
実際、2020年に新型コロナウイルスが世界的に流行した際には、各国政府は自国通貨の追加発行を行い、国民に給付する政策を行っていました。
しかし、ビットコインは発行される通貨の上限が2,100万枚に設定されており、これ以上追加で供給されることはありません。
「発行上限枚数の設定を変更すれば、追加で供給できるのでは?」と考える方もいると思いますが、先ほどご紹介したようにビットコインは国家であってもコントロールできない特徴があるため、発行上限を変更することは現実的に難しいと言えるでしょう。
ビットコインの法定通貨化を実現・検討している国
2022年11月現在、世界では2つの国家がビットコインを自国の法定通貨に採用しています。
ここでは、それぞれの国がビットコインを導入した理由や、現在ビットコインの法定通貨化を検討している国・地域を解説していきます。
2021年6月にエルサルバドルが世界で初めてビットコインを法定通貨化
2021年6月、南米のエルサルバドルが世界で初めてビットコインを自国の法定通貨として採用しました。
ビットコインを法定通貨に採用した背景には、主に以下の2つの理由があったとされています。
・国民の中には銀行口座を持てず、金融サービスにアクセスできない人々がいる
・国外からエルサルバドルへの送金手数料の負担を減らしたい
実際、エルサルバドルなどの中米では銀行口座を持てない人がいることは珍しくなく、多くの国民が金融サービスを利用できないという問題を抱えています。
また、エルサルバドルは国内に目立った産業がないため、※2020年のデータによると在米エルサルバドル人からの送金がGDPの約23%に相当しています。
しかし、多くの国民が銀行口座を持っていないため家族に直接送金できず、金融仲介業者やMalasと呼ばれるギャングによって多額の送金手数料を没収されているのが現実です。
そこでブケレ大統領は、ウォレットさえあれば誰でもパーミッションレスに利用できるビットコインに目をつけ、国民全体に金融サービスを普及させるために法定通貨化を実現させました。
確かに、ビットコインの金融インフラであれば性別・年齢などに関係なく金融サービスにアクセスすることが可能であり、課題となっている送金手数料の問題も解決できるでしょう。
現状、思うようにビットコインは国民に普及していないとのことですが、もう少し長期的な目線でみていく必要がありそうです。
2022年4月には中央アフリカ共和国もビットコインの法定通貨化を決定
2022年4月には、エルサルバドルに続き、中央アフリカ共和国もビットコインの法定通貨化を決定しています。
中央アフリカ共和国では、現在でもCFAフランというフランスが関与する通貨が法定通貨として使用されていますが、この通貨の弱体化を目的にビットコインを採用したと言われています。
しかし、中央アフリカ共和国ではビットコインの利用に必須となるインターネットが整備されておらず、2020年のデータでは人口のわずか10.4%しかインターネットユーザーがいません。
現状、業界の中でも今回の法定通貨化に対しては、多くの疑問が呈されている状況となっています。
ビットコインの法定通貨化を検討している国・地域
次に、現在ビットコインの法定通貨化を検討している国・地域について、ご紹介していきます。
スイス・ルガーノ市
2022年3月、スイスのルガーノ市はビットコイン、テザー、LVGA(スイスフラン連動のステーブルコイン)の3種類の暗号資産を実質的な法定通貨とすることを発表しました。
ルガーノ市は暗号資産に対して非常に寛容な地域として知られており、USDTを発行するテザー社と提携してブロックチェーンの利用を推進しています。
今後、税金の支払いや200以上の店舗での料金決済に、上記の3つの暗号資産が使用できるように整備を進めていくとのことです。
トンガ王国
南太平洋の島国として知られるトンガ王国では、ビットコインを法定通貨にする法案を準備しています。
トンガ王国もエルサルバドルと同様、GDPの大部分を海外からの送金に頼っているため、ビットコインを採用するメリットが大きいと言えるでしょう。
また、法案の内容はエルサルバドルの「ビットコイン法」とほとんど同じ内容になるとされており、早ければ2022年中に施行される可能性もあるとのことです。
アルゼンチン
アルゼンチンも、ビットコインに対して前向きな姿勢を見せている国の一つとして知られています。
2021年8月に行われたインタビューで、アルゼンチンのフェルナンデス大統領はビットコインを否定しない回答を行っており、むしろインフレヘッジができる点をメリットとして指摘しています。
しかし、暗号資産がまだ未成熟な市場であることを理由に、慎重な姿勢は崩していません。
その後、目立った動きはありませんが、アルゼンチンで暗号資産取引が活発化していることを考えると、将来的にビットコインを法定通貨に採用することも否定はできないでしょう。
ビットコインを法定通貨にするメリット
ここから、この記事の本題となるビットコインを法定通貨にするメリットをご紹介していきます。
以下の4つのメリットについて、順番に詳しく確認していきましょう。
- 全ての国民が平等に金融サービスにアクセスできる
- 国際送金の手数料(コスト)を大きく削減できる
- 国民のデジタルや金融のリテラシーを高めることができる
- 世界中の投資家などから注目を集めることができる
全ての国民が平等に金融サービスにアクセスできる
先ほども少しご紹介しましたが、ビットコインを法定通貨にすることで、全ての国民が金融サービスにアクセスできるというメリットがあります。
日本人にはなかなか想像できませんが、開発途上国では銀行口座を持てないunbanked(アンバンクト)と呼ばれる人々が数十億人いると言われており、大きな社会問題となっています。
しかし、ビットコインのネットワークはウォレットさえあれば誰でも使うことができるため、国家が法定通貨として利用を推進すればunbankedの問題を解決できる可能性があります。
国際送金の手数料(コスト)を大きく削減できる
ビットコインのメリットとして、国際送金の手数料を安く抑えられることも挙げられるでしょう。
もちろん送金する国によっても異なりますが、一般的に法定通貨を国際送金する際には手数料だけで1万円近くかかることもめずらしくなく、かつ着金までに数週間を要するケースもあります。
しかし、ビットコインであれば通常10分で送金を完了することができ、かつ手数料も安く抑えることができます。
エルサルバドルのような国では送金手数料が国民の大きな負担となっているため、ビットコインを法定通貨にして利用を推奨することは大きなメリットがあります。
国民のデジタルや金融のリテラシーを高めることができる
国民のデジタルや金融のリテラシーを高められる点も、ビットコインを法定通貨にするメリットと言えるかもしれません。
というのも、ビットコインを使うためにはインターネットの利用は必須であり、かつ利用者側にも一定程度の金融リテラシーを必要とします。
もし、ビットコインが法定通貨として日常的に利用されるようになれば、インターネットやスマートフォンは確実に国民に普及していくと考えられます。
これまでデジタル化が進んでいなかった国では、ビットコインをきっかけに国民のリテラシーを高められる可能性があるでしょう。
世界中の投資家などから注目を集めることができる
最後のメリットとしては、世界中の投資家などから注目を集められることがあります。
事実、ビットコインを法定通貨に採用するまで、エルサルバドルという中米の国を知っていた方はかなり少なかったのではないでしょうか?
しかし現在、暗号資産に少し詳しい方にとってエルサルバドルはかなりの知名度があり、知らない人の方が少ないと言えるでしょう。
ビットコインの法定通貨決定後、エルサルバドルに訪れる観光客が増加したというデータもあるなど、世界的にも注目を集めたことは間違いないと言えます。
ビットコインを法定通貨にするデメリット
最後に、ビットコインを法定通貨にする以下の3つのデメリットを確認していきます。
エルサルバドルがビットコインを法定通貨に採用後、浮き彫りになった問題点・リスクなどもご紹介していきます。
- 国家が通貨の発行・供給量などを調節できない
- 国家の資産がビットコインのボラティリティによって影響を受ける
- 国際的な専門機関からの資金調達が難しくなる可能性がある
国家が通貨の発行・供給量などを調節できない
ビットコインを法定通貨化するデメリットとして、自国で通貨の発行や供給量を調節できないことがあります。
記事の冒頭でもご紹介したように、ビットコインはDAO(自律分散型組織)と呼ばれる非中央集権的なオープンソースのコミュニティによって発行・管理が行われています。
そのため自国通貨の追加発行や引き締めといった、そのときの経済状況にあわせた金融政策が行いにくいという問題点が考えられます。
ただし、エルサルバドルのように、米ドルなど他国の通貨を法定通貨にしている国家にとっては、そこまで大きな影響はないと言えるでしょう。
国家の資産がビットコインのボラティリティによって影響を受ける
ビットコインを法定通貨にすることで、国家の資産が価格の変動(ボラティリティ)によって大きな影響を受けてしまう可能性があるでしょう。
実際、エルサルバドルがビットコインを初めて購入してから1年以上経過しましたが、2022年9月時点で約6,133万ドル(88億円)の含み損が発生しているという試算があります。
現在までにエルサルバドルは合計1.07億ドル(150億円)を投じて2,381 BTCを購入しており、平均取得単価は45,820ドル(660万円)である。
執筆時点のBTC価格19,244ドル(277万円)に基づいて、2,381 BTCの資産価値は4,580万ドル(66億円)。
エルサルバドルのビットコイン投資パフォーマンスは-57.24%と見られ、全て保有し続けている場合、6,133万ドル(88億円)の含み損を抱えている計算となる。
もちろん保有しているビットコインを売却しない限り損失は発生しませんが、国家ひいては国民の財産が大きく減少する可能性があることは事実です。
国際的な専門機関からの資金調達が難しくなる可能性がある
ビットコイン法定通貨化の最後のデメリットとして、国際的な専門機関などからの資金調達が難しくなる可能性が挙げられます。
中でも、国際通貨基金(IMF)はエルサルバドルに対して、ビットコインの法定通貨化を撤回するよう求めていることで知られています。
国際通貨基金(IMF)は25日、中米エルサルバドルに対し、暗号資産(仮想通貨)のビットコインを法定通貨にした2021年9月の決定を見直すように求めたと発表した。
〜中略〜
IMFは24日の理事会で、21年9月に世界で初めてビットコインを法定通貨に採用したエルサルバドルについて議論した。出席した理事は「金融の安定や消費者保護に大きなリスクがある」と指摘し、ビットコインを法定通貨から外すように関連法を修正するように求めた。
特に財務基盤が弱い開発途上国にとって、国際通貨基金(IMF)との関係性が壊れてしまう可能性は大きなデメリットになるかもしれません。
ビットコインを法定通貨にするメリット・デメリットまとめ
今回の記事では、ビットコインを法定通貨にするメリット・デメリットについてご紹介してきました。
記事の冒頭でもご紹介したように、ビットコインは日本円などの法定通貨とは大きく異なる仕組みで発行されており、国家によってコントロールされにくい特徴を持っています。
しかし、エルサルバドルのような開発途上国においては、ビットコインを法定通貨に採用することで様々なメリットを得られることは事実です。
まだ壮大な社会実験の途中であることは間違いないので、エルサルバドルを中心とした今後の動向には注目しておく必要があるでしょう。