人間の五感をデジタル上で再現する取り組みは、VRの発達と共に試行錯誤が続けられています。
2023年現在においては、五感の中でも「視覚」と「聴覚」に対する再現はグラフィック性能の向上と、音声技術によって高いレベルで再現可能だといえるでしょう。
残る「触覚」、「嗅覚」、「味覚」のデジタル再現が望まれる状況において、2022年末に世界初となる香りデータのダウンロードが可能となる「香りNFT」が発表されました。
香りをデジタル化する試み自体は、2000年代初頭から研究が進められていましたが、NFT技術の登場によりその速度は一気に加速したのです。
特定の香りが過去の出来事、感情を呼び起こすことがあるように、香りは記憶と非常に密接な関わりを持つ機能です。
そのため、香りのデジタル化とNFT技術を用いた「香りNFT」の登場は、VR空間をより現実的なものへと作り替えるだけではなく、現実世界でも様々な活用方法が考えられるでしょう。
2030年には五感の全てがインターネットに繋がると言われていますが、「香りNFT」の登場は技術発達のスピードを向上させるかもしれません。
今回の記事では、このような「香りNFT」に関する概要から、様々な分野における可能性について解説していきます。
ぜひ最後までご覧ください。
この記事の構成
世界初の「香りNFT」とは一体何なのか?
NFT(Non-Fungible Token)とは日本語では「非代替性トークン」と訳される、ブロックチェーン上に記録される代替不可能なデータ単位です。
そのためNFTの多くは画像や音声、動画といったデジタルデータが中心であり、中でもNFTアートと呼ばれる分野は大きく注目を集めています。
現実世界のアート作品と同様、オリジナルが世界に一点しかないNFTアートは人気作品であればあるほど価格が高騰し、中には数億円もの価格が付けられるものも存在します。
このように、従来のデジタルコンテンツに唯一性を持たすことに成功したNFTですが、「香り」という目に見えないものに対してどのように応用させたのでしょうか。
HorizonとAvalanche Techが提供
世界初の香りNFTは、Horizon株式会社と株式会社Avalanche Techの2社共同で発表されました。
特にHorizonは世界初の香りのオンラインストアとなる「SMELL MAFIA」を2023年4月にスタート予定とするなど、香りをデジタル化させる取り組みに注力する企業です。
Horizonの事業内容については主に以下の内容となっています。
- 香りのコンテンツ化
- 香りのデジタル化
- 香りの著作権管理
このように、目に見えない香りという分野に対し革新的な取り組みを続けています。
公式アンバサダーとして音楽プロデューサーの松田純一氏、事業家グラドルであるヴァネッサ・パン氏を迎え、多方面へPR活動を行う予定です。
「SMELL MAFIA」は表面的には香りのデータ販売のマーケットですが、データ自体はNFT化されています。
そのため、これまでNFTに馴染みがなかったが、香水やファッションに敏感な層へ届く可能性は十分に考えられます。
ストアの開始後はスメルトークンと呼ばれる独自のトークン発行、DAOへの展開計画もあるなど、ファッション業界がWeb3.0へと参入する流れを生み出すきっかけにもなるかもしれません。
第一弾は明日花キララをイメージしたフレグランス
Horizonが進める「香りのコンテンツ化」は、芸能人や著名人をイメージしたフレグランスを企画し、デジタルコンテンツとして流通させることを目的としています。
その第一弾として選ばれたのが、SNS総フォロワー数400万人を超えるインフルエンサー明日花キララです。
幅広い層に支持される人気と、彼女が持つエレガントで可愛らしいイメージが本プロジェクトにマッチしているとされ、第一弾として選定されました。
コンテンツとなる香り自体は、香水などの香りを作る専門の調香師が彼女をイメージしたフレグランスを作成します。
2022年末に明日花キラライメージのフレグランスが再生できる「コモンカード」が販売されており、2023年2月を目処に「オーナーカード」が配布予定です。
2023年4月にローンチが予定されてるマーケットプレイス「SMELL MAFIA」において、今後は多種多様な「香りNFT」が取引されることになるでしょう。
「香りNFT」の仕組みについて
デジタル画像はスマホやPCモニターを通して再現し、音声はデジタル変換した周波数をスピーカーやイヤホンを通して再現できます。
それでは香りはどのようにデジタル変換、再現できるのでしょうか。
この課題を解決するために、Horizonは香りをデジタル伝送するための統一規格となる「DSF(Digital Smell Format)」を開発しています。
DSFには香りを構成する情報だけではなく、噴霧時間、再生可能回数、カートリッジ番号といった様々な情報が記録されます。
そして、これらの情報を再現するために使用する機器が、DSFに対応した専用ディフューザーです。
利用者はNFT化されたDSFをマーケットプレイスで購入し、ブルートゥース接続された専用ディフューザーで香りを再現します。
利用者が支払った代金には著作権料も含まれているため、権利者への収益もスマートコントラクトに基づき実行されます。
このように「香りNFT」は、音楽をダウンロードしスマホのスピーカーやイヤホン経由で再生させるように、ディフーザーを通して香りを再現できるのです。
現在HorizonはDSFを各ディフーザーメーカーに公開し、DSF対応のディフーザーを普及させる取り組みを進めています。
将来的にはスマホなどのデジタル端末内にディフューザー機能が備え付けられるなど、香りのデジタルデータはより身近な存在になる可能性は十分にあると言えるでしょう。
美容業界初のNFT事例となった「Cyber Eau De Parfum」
美容業界におけるNFTへの参入は、ドイツのLOOK LABSが初事例となります。
このプロジェクトは2021年3月に発表されたもので、NFTを利用した世界初のデジタルフレグランスとして注目を集めました。
このコレクションは2020年10月に実際の香水として発売された「Cyber Eau de Perfume」をNFT化したものであり、現在もNFTマーケットプレイスで販売されています。
香りをデジタル化する手法として「近赤外線分光法」を用いて香りを抽出、デジタル上にスペクトルデータのような形で表現することで実現しました。
「香りNFT」との違いは何か?
LOOK LABSでの事例は、一見すると香りのデジタル化に成功しているように感じられます。
しかしこのコレクションで手に入るNFTは、香水の分析結果をチャートで可視化した色鮮やかな動画ファイルのみなのです。
NFT購入のおまけとして送付される、現物の香水が実際の「香り」を担当しています。
つまりLOOK LABSが展開したNFTは、香りデータを元に作成したデジタルアートであるといえるでしょう。
一方「香りNFT」は前述した専用ディフューザーを経由して、デジタルデータ化した香りを現実世界で再現できます。
このように、香りをアートとして表現したLOOK LABSとは違い、Horizonが進める「香りNFT」は香りのデジタル表現をより一層進歩させたといえるのです。
「香り」をNFT化することで生まれるもの
現実世界において、唯一無二の香りとして連想されるものとして香水があげられるでしょう。
例えば、ファッションブランドのCHANELが100年以上も前から販売している「シャネルNo.5」という香水が存在しています。
「シャネルNo.5」は現代のフレグランスの始まりとも言われる、まさに王者とも呼べる香りを持っています。
しかしながら、「シャネルNo.5」を模倣したと考えられる商品は数多く存在しており、その他の有名香水にもほぼ漏れなく、類似商品が販売されているのです。
このように「高級香水の〇〇と同様の香り」とオススメされる商品に対して、オリジナルの香水を販売するブランドは効果的な対策を打てない状況が続いています。
香りに対する著作権は、香水業界では長年考えられてきた問題です。
なぜなら、香水は長年に渡る調香師の訓練、制作活動に支えられて生み出される、ある種の作品としての側面を持つからです。
2006年にはフランスにおいて、大手香水ブランドがコピーブランドに対して訴訟を起こし、「香水の著作権」を認めたとも言える判決が下された事例が存在しています。
しかしながらフランスにおいて明確な著作権は香水に与えられておらず、模倣品がある意味で黙認されている状況が続いていると言えます。
「香りNFT」の普及によって、香りに唯一性を持たせることができれば、香水の著作権問題解決のきっかけになることも考えられます。
このようにHorizonが事業内容として掲げる「香りの著作権管理」は、香りを扱う多くの業界にイノベーションをもたらすかもしれないのです。
「香り」をデジタル化することで考えられる可能性
従来の世界において、デジタル上で再現できる内容は視覚と聴覚に訴えるものに限られてきました。
しかし「香りNFT」の登場によって、新たに嗅覚に対する訴求が可能になります。
このことは多くの業界において、これまでに無い革新的な発展をもたらすことが考えられるはずです。
ゲーム業界
ゲーム業界ではよりリアルな表現を求めて、年々グラフィック性能の向上に力を注いできました。
そして現在ではよりゲームの世界に没頭する手法として、VR(Virtual Reality)と称される仮想現実が注目されています。
専用グラスとヘッドホンを装着することで、あたかもその場にいるかのような体験ができるのですが、ここに「香り」を加えることでより現実的なゲーム体験ができるでしょう。
シューティングゲームを例にあげると火薬の香り、焦げた木材などの香りを再現することで、痛覚以外は本当にその場にいる錯覚に陥るかもしれません。
他にも、敵が近づく表現を音声だけではなく特定の香りを加えることで、これまでになかったゲーム体験が可能になるはずです。
このように香りがゲームに加わることで、ゲーム業界は新たな発展を迎えるでしょう。
これはメタバース空間においても同様であり、世界のあらゆる場所のデジタルツイン、さらには空想の空間をよりリアルに構築することに繋がるかもしれません。
広告業界
香りを広告の1つとして利用することは古くから行われてきました。
例えば、顧客に送付するDMにブランドイメージを思わせる香りを付けて送付したり、購入時の紙袋に香水を一振りするなどがあげられます。
脳の仕組みにおいて、香りと記憶は密接に紐付いています。
そのため特定の香りを消費者に記憶させることで、自社のブランドを思い出させたり、購買意欲を刺激したりできるのです。
2008年には街中に掲示したポスターと連動して、商品を連想させるフレグランスを噴霧させる広告が展開されました。
この広告を見た利用者の反応は大変良好であったため、香りと連動させた広告は高い効果が期待できると考えられています。
「香りNFT」とそれを再現できるディフューザーが身近な存在になった場合、自社ホームページを開いた際に、特定の香りを再現できるかもしれません。
同様に広告に連動する香りを再現することで、ポスターと連動した例のように高い効果が期待できるでしょう。
美容業界
香り自体が肌や体調に直接働きかける訳ではありませんが、香りから連想される特定の記憶、気持ちの向上によって血行や体調が良くなることがあると考えられています。
化粧品メーカーでも、良い香りを付けることで肌の代謝を上げる研究が進められているなど、美容業界において香りは重要な要素を持つといえるでしょう。
「ラベンダーの香りはリラックス効果がある」など、香りと体調が関係していることは古くから知られています。
そのためデジタル上で香りを提供するアロマスパや、気分に応じた香りで空間を演出する仕事など、美容業界においても革新的なサービスが生まれるかもしれません。
他にも、身に纏う香水を日々の体調に応じて気軽に変化させたり、新商品の試用がより身近になるでしょう。
まとめ【デジタルでも五感に訴える感覚マーケティングが可能になる】
香りをNFT化した世界初となる「香りNFT」について解説しました。
Horizonが進める取り組みである「香りNFT」サービスの提供は、2023年4月を予定しています。
すでに第一弾としてインフルエンサーの明日花キララをイメージしたNFTが販売されており、大きな注目を浴びているといえるでしょう。
五感の中でも香りは記憶、感情と密接に結びつく存在です。
そのため幅広い業界において、香りのNFT化はイノベーションを起こしていくでしょう。
特にデジタル経由の広告において、香りを連動させるマーケティングは大きな効果をもたらすことが考えられます。
データ化した香りの再現には専用のディフューザーが必要など、まだまだ発展途上である「香りNFT」ですが、今後の動向には大きな注目が集まるでしょう。