グローバル化が進む現代において、企業のサプライチェーンは非常に複雑化しています。
また、昨今の感染症や紛争によって世界中の製造業が打撃を受けたことは記憶に新しく、これらの情勢の変化がサプライチェーンの持つ課題をより一層大きなものにしています。
世界各地で製品やサービスを供給するために、効率的かつ透明性のあるサプライチェーン管理が企業に求められています。
本記事ではサプライチェーンの課題を解決するために、ブロックチェーン技術がどのように活用できるかを解説します。
企業でサプライチェーンの構築・改善に携わっている方、あるいはブロックチェーン技術によるサプライチェーンの課題克服について関心がある方はぜひ最後までお読みください。
この記事の構成
グローバルサプライチェーンとブロックチェーン技術
近年、サプライチェーンのグローバル化が進むとともに、その複雑さや不透明性が課題となっています。
その解決に向けて様々なアプローチが考案される中、有力な解決策として注目を集めているのがブロックチェーンです。
そこでまずは、現在のグローバルサプライチェーンが抱えている具体的な課題、及びブロックチェーン技術の概要について確認しておきましょう。
グローバルサプライチェーンの現状と課題
グローバル化に伴い、製品やサービスのサプライチェーンはますます複雑化しています。
製品は異なる国や地域から調達した部品や材料を組み合わせて製造され、さまざまな段階を経て顧客に届けられます。
このプロセスが次第に巨大化・複雑化することで、情報の非効率な伝達や誤った情報の伝播、遅延などが発生しやすくなっています。
また、サプライチェーンの不透明性も大きな課題です。
原材料や部品の生産過程においては、多くの環境的・社会的問題が懸念されています。
具体的には偽造品や不正取引の防止、労働条件の改善、環境保護など、グローバルサプライチェーンの透明性を向上させることでこれらの問題を解決することが急務になっています。
ブロックチェーン技術の概要
ブロックチェーンは分散型データベース技術の一種です。
情報をタイムスタンプ付きのブロックに記録し、それらをチェーン状に連結させることでデータを保管し、それらを分散して管理します。
この技術は、改ざんが困難であること、データの透明性が高いこと、データの追跡が容易であることなどの特徴を持ちます。
ブロックチェーンはBitcoinなどの暗号資産(仮想通貨)の領域で発達した技術ですが、その特徴を活かして現在では様々な分野での応用が進められています。
そしてサプライチェーン管理においても、ブロックチェーンが課題解決の重要な役割を担うことが期待されています。
ブロックチェーンがもたらす具体的解決策
次に、サプライチェーンの複雑化に対してブロックチェーンがどのような形で解決策を提示できるか、その具体的な内容を見てみましょう。
ここでは以下の3つのポイントについて解説します。
- ブロックチェーン技術による情報の共有と追跡
- スマートコントラクトを利用した自動化
- 複数企業間の協業や連携の促進
ブロックチェーン技術による情報の共有と追跡
ブロックチェーン技術は、サプライチェーンにおける情報の共有と追跡を効率化します。
サプライチェーンにおける各取引の情報はタイムスタンプ付きのブロックに記録され、サプライチェーンの全参加者に対して容易に共有ができます。
これによりデータの透明性が向上し、リアルタイムでの追跡が可能となります。
また、ブロックチェーンに刻まれた情報は改ざんが困難であるため、情報の信頼性も高まります。
スマートコントラクトを利用した自動化
スマートコントラクトは、ブロックチェーン技術を活用して取引や契約などの実行を自動化するプログラムです。
従来の紙ベース、あるいはデジタルの契約とは異なり、スマートコントラクトはあらかじめ決められた取引条件によって契約や取引を自動的に実行できます。
これにより、手動での処理や第三者の介入が不要となるため効率性と信頼性が向上します。
また、スマートコントラクトはブロックチェーン上で実行されるため改ざんが困難であり、データの透明性も保たれます。
さらに、あらかじめ定められた条件が満たされると自動的に契約が実行されるため、人的要因によるミスや遅延が減り、取引コスト削減や速度向上を期待できます。
サプライチェーンにおいて、スマートコントラクトの導入により自動化できる処理や取引には具体的には以下のようなものがあります。
- 支払処理の自動化:商品やサービスの受け取りが確認された際に、自動的に支払いを行うよう設定できます。これにより、支払いの遅延や手数料の削減を期待できます。
- 在庫管理の自動化:例えば在庫が一定の水準を下回った場合に、自動的に発注や補充をを行うよう設定することができます。これにより、在庫管理の効率化や過剰在庫によるコストの削減が可能になります。
- 品質保証とコンプライアンスの自動化:品質や安全性に関する基準が満たされていることを確認し、自動的に承認や認証が行われるよう設定できます。これにより、品質管理の効率化やコンプライアンスの向上を期待できます。
複数企業間の協業や連携の促進
ブロックチェーン技術は、複数企業間の協業や円滑な連携を促進します。
従来のサプライチェーンでは、企業毎にデータの取扱方法が異なる(例えばA社は紙、B社はエクセルというようなケース)ことが円滑な協業や連携の阻害要因になっていました。
これに対し、サプライチェーンに関わる企業がブロックチェーンを用いた統一のプラットフォームを共有することで、まずは情報交換が円滑化されます。
さらに業界全体での標準化が進むことで各企業間の互換性もより向上し、新たなビジネスチャンスが生まれることも期待されます。
また、ブロックチェーンの透明性・信頼性の高さから、企業間の信頼関係の構築も容易になり、より迅速で安全な取引が可能となります。
サプライチェーンの不透明性の解消
前の章ではブロックチェーンが提示できる解決策について見てきました。
ここからは、サプライチェーンが持つ課題面に焦点を当ててより深く考察していきます。
サプライチェーンの問題を一言で表現するなら「不透明性」であり、これは多くの企業が直面している問題です。
これに対しブロックチェーン技術は、以下の3点において課題解決の手段を提供します。
- 信頼性の向上
- 偽造品や不正取引の防止
- 環境・社会的側面への配慮
信頼性の向上
ブロックチェーン技術はサプライチェーン内での取引情報を分散型データベースに記録し、改ざんが困難な形で保管します。
これにより情報の信頼性が向上し、企業間の信頼関係を強化することができます。
また、リアルタイムでの情報共有により取引の透明性が高まることで、品質管理や遵法性の確保が容易になります。
偽造品や不正取引の防止
ブロックチェーンでは製品の起源や流通過程を正確に追跡することができるため、偽造品や不正取引の防止に役立ちます。
これにより消費者の安全が保護され、企業のブランド価値の維持・向上が期待できます。
また、関税や税金の回避行為など不正な取引の検出も容易になり、企業が負う法的リスクを軽減することもできます。
環境・社会的側面への配慮
ブロックチェーン技術を活用することで、環境・社会的な側面への配慮も促進されます。
製品の起源や生産過程が明確になるため、持続可能な原材料の使用や生産の各工程での労働条件改善などが実現します。
これにより企業は環境や社会に配慮したサプライチェーンを構築することができ、企業の社会的責任(CSR)を高めることにもつながります。
具体的なブロックチェーン技術の活用事例
ブロックチェーン技術は食品業界や製薬業界、貿易・金融業界など、様々な分野で具体的な活用事例が見られます。
それぞれの業界での取り組みを通じて、ブロックチェーンがサプライチェーン管理に与える影響を解説します。
食品業界におけるトレーサビリティの向上
食品業界では、ブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティの向上が求められています。
例えば、米国の小売業者ウォルマートは、IBMのブロックチェーンプラットフォーム「IBM Food Trust」を利用して、農産物が生産地から消費者に届くまでの流通過程を追跡し、品質管理や食品安全対策を強化しています。
また、フランスのスーパーマーケットチェーンであるカルフールは、ブロックチェーン技術を用いて鶏肉・豚肉、乳製品、卵、じゃがいも、果物など生活に密接な商品の情報を共有し、消費者が自ら食品の安全性や信頼性を確認することを可能にしています。
これらの取り組みにより、消費者は製品に関する正確な情報を容易に入手でき、信頼性の高い商品選択が可能となります。
さらに、食品業界でのトレーサビリティの向上は、将来的に食品安全や持続可能性に対する取り組みにもつながることが期待されています。
製薬業界における医薬品の供給チェーン管理
製薬業界では、ブロックチェーン技術が医薬品の供給チェーン管理などに活用されています。
米国の製薬大手メルクは、医薬品の製造から流通、患者への投与までの過程を正確に追跡するブロックチェーンシステムを開発しており、偽造品の流通を防止し、患者の安全性を確保できるようになっています。
また、国内では日本IBMが医薬品の流通経路と在庫を可視化するプラットフォームの運用検証を2023年4月から開始します。
塩野義製薬、武田薬品工業、田辺三菱製薬、ファイザーの4社と協力し、ブロックチェーン技術を用いることでデータに対して安全にアクセスできる一貫したプラットフォームの構築を目指しています。
貿易・金融業界におけるトレードファイナンスの改善
貿易・金融業界では、ブロックチェーン技術がトレードファイナンスの改善に寄与しています。
オーストラリアの銀行であるコモンウェルス銀行は、輸出入取引においてEthereumベースのスマートコントラクトを利用した自動支払いやリアルタイムでの情報共有を行い、取引の効率性や透明性を向上させています。
また、オランダの大手投資銀行ABNアムロはパブリックブロックチェーン上でデジタル債券を発行し、債券の準備、発行、書類作成の全プロセスをデジタル化することでコスト削減を実現しています。
ブロックチェーン技術導入に伴う課題と展望
ブロックチェーンがサプライチェーンに革新をもたらす一方で、プライバシーやセキュリティ面での課題や、技術的・組織的なハードルも存在します。
ブロックチェーンの導入によるサプライチェーンの今後の発展に向けて、克服すべき課題としてどのようなものがあるかを解説します。
プライバシーとセキュリティ
ブロックチェーン技術により情報共有が容易になる一方で、プライバシーやセキュリティの懸念も生じます。
特に機密性が高い情報や個人情報が関与する場合、適切なアクセス制限やデータの暗号化が求められます。
また、ブロックチェーンネットワーク自体のセキュリティ強化も不可欠であり、サイバー攻撃や不正アクセスから情報を守るための対策が重要になります。
技術的・組織的なハードル
ブロックチェーンの導入には技術的・組織的なハードルも伴います。
技術的には、既存のシステムとの連携やスケーラビリティの確保が課題となります。
企業間を跨ぐネットワークを構築する場合は、さらに難度が上がることも想定されます。
また、組織的にはブロックチェーン技術に対する理解やスキルの習得、関係者間の調整が必要になります。
これらのハードルを克服するためには、担当者に対する専門性の高い教育や研修、あるいは外部の専門家の支援などが必要になるでしょう。
まとめ
グローバル化が進む中でサプライチェーンはますます複雑化し、とりわけ不透明性が問題となっています。
そして現在、ブロックチェーン技術はこの課題に対処するための有望な解決策として注目を集めています。
情報の共有と追跡、スマートコントラクトを利用した自動化、複数企業間の協業の促進など、ブロックチェーン技術が提供する利点は多岐にわたります。
さらに、信頼性の向上や偽造品の防止、環境・社会的側面への配慮など、サプライチェーンの不透明性を解消する効果も期待されています。
一方、プライバシーやセキュリティ、技術的・組織的なハードルなど、導入に伴う課題も少なからず存在します。
効果と課題の両面を踏まえつつ、最新の技術や業界動向もチェックしながら、ブロックチェーン技術の活用を検討していくことが今後は重要になってくるでしょう。