2022年12月15日、前アメリカ大統領のドナルド・トランプ氏が4万5000枚のNFTコレクションを発表しました。
トランプ氏がラシュモア山を訪問したときの写真や、大統領専用機「エアフォースワン」に乗り込む写真など、大統領在任中のシーンを切り取ってNFTアート化。ただ、なかには「強いアメリカ」「ストロングなスタイル」を強調しようとしてデザインとしてはオーバーなものも販売されました。
販売当初は好調だった売上ですが、2023年に入って価格が80%も暴落するという事態に陥っています。NFTプロジェクトとしてはほぼ「失敗」と言っていいでしょう。
この記事では、トランプ氏のNFT価格暴落から「NFTプロジェクトの失敗パターン」を考察していきます。
この記事の構成
ドナルド・トランプのNFTの経緯
2022年12月16日、ツイッター上に「CollectTrumpCards」というアカウントが登場しました。
引用元:Twitter
投稿されている内容は「ドナルド・トランプの公式デジタルトレーディングカードのコレクションが登場した」「1枚99ドルで入手できる」というものです。
このトレーディングカードはリアルに手で触れる「実物のカード」を発行するのではなく、NFTコレクションとしてリリースされました。こうしたNFTコレクションはエンタメ業界やスポーツなどでは定着している手法で、流行に乗っかった形のプロジェクトと言えます。
発売直後に人気を博す
トランプ氏のコレクションではアイテムとしてのカードを購入できるだけでなく、18歳以上のアメリカ人であれば「トランプ氏とのディナー」や「トランプ氏とゴルフ」などの特典に応募することができると発表されました。その影響もあってか、リリースされた直後は投機的な買い注文も集めてわずか数時間で完売しました。
12月23日、トランプ氏はテレビのインタビューに答えています。それによると、「NFTについての知識はないが、あるグループが提案した作品を気に入った」「売れそうだと直感した」とのことです。
カードは様々なシーンのトランプ氏を題材としたものです。トランプ氏は「アメコミヒーローのような肉体を手に入れることができると思った」と冗談交じりに答えています。
NFTは2022年に大きなブームを迎えましたが、12月にはすでに沈静化しており、「逆風が強いだろう」と推測されていましたが、トランプ氏のトレーディングカードNFTは大手マーケットプレイスのOpen Seaで「24時間の出来高1位」にランクインするほどの人気を博しました。
購入者に豪華特典が付帯すると告知される
トランプ氏のNFTコレクションが成功を果たした要因として、多くの根強い「トランプファン」の存在が挙げられています。トランプ氏は大統領選敗退後も共和党支持者の間では熱烈な人気があり、演説会には多くの聴衆が駆けつけます。
公式サイトでは「NFT購入者は様々な特典に応募できる権利を得る」と宣伝されており、特典の内容がファンの心を動かしたのかもしれません。
トランプ氏NFT購入者に与えられる特典
- トランプ氏主催のディナーへの参加
- トランプ氏の別荘でのカクテル試飲
- 別荘でトランプ氏と会談できる
- トランプ氏と1時間ゴルフできる(友人2名まで招待可能)
- トランプ氏とのズームミーティング
- 直筆サイン入り記念品
購入可能な上限枚数は「100枚」とされており、45枚買うとトランプ氏とのディナーが確約されるとアナウンスされました。NFT販売で「購入者にNFTが自動的に割り当てられる方式」を採ったこともゲーム性があることで盛り上がる要因になったと言われています。
トランプ氏本人はNFTの知識ゼロ
トランプ氏はさらに、インタビューで「トレーディングカードはスーパーヒーローとしてちょっと可愛らしいものであって、お金のために発行したのではない」と語っています。選挙資金稼ぎではないかという疑問に答えた形です。
また、トランプ氏はNFTについての事前知識はほぼなかったとも語っています。NFTプロジェクトを運営するチームから話をもちかけられ、「絵が気に入った」のでトレーディングカード化することを承諾したそうです。
引用元:Twitter
「このアートが好きになった。コミックアートのようなものだ。投資とは考えていない。可愛いと思った。美しく興味深いビジョンだ」とトランプ氏が語ったというツイートです。
NFTについて深く考えたり調べたりしたうえで発行したものではなく、「話を持ちかけられてビジュアルを見せられてゴーサインを出した」という経緯だった可能性が高いと考えられます。
スーパーヒーローや宇宙飛行士のコスチュームを着た自分の絵を見たトランプ氏は「売れるかも」と思ったそうです。同氏にとっては「自分の支持層へのファンサービス」のようなものだったのかもしれません。
デザインは「シュールな肖像画」
トランプ氏はNFT発行前にも多くの「セルフブランド商品」を販売しています。ネクタイやステーキ、短命でしたが「トランプ・シャトル航空会社」もありました。
そのうえで販売開始されたデジタルトレーディングカードですが、画像はかなり「シュール」であると言えるでしょう。カウボーイになったトランプ氏、スーパーマンのコスチュームを着たトランプ氏、胸をはだけて目からビームを発射するトランプ氏。これらの画像を「カッコいい」と思える人はどれほどいるでしょうか。
引用元:Twitter
「こいつメッチャ面白いじゃねぇか」と皮肉っているツイートです。なにかのパロディだろうというのが正直な感想でしょう。この画像を大真面目に「良いデザイン」「可愛いもの」と考えている人のセンスを信じて良いものか疑問です。
NFTのなかには「どうしてこのデザインなのだろう」と思うようなセンスのコレクションも少なくありませんが、それにしてもシュールすぎます。「不条理なほど英雄的なポーズ」などと揶揄する記事もあります。
引用元:Twitter
いくらトランプ氏のことが好きだといっても、お金を出してこの画像を欲しいという人がいるとは考えにくい出来栄えです。
アート関連の記事を発信しているニュースサイト「artnet news」では、「おそらく最もばかげたイメージは、トランプ氏がスーパーマン風にスーツを引き裂き、Tロゴのついたぴっちりしたスパンデックスを見せびらかして目からレーザーを発射しているものだ」と酷評しています。
好調な滑り出しから一気に暴落へ
販売当初は数時間で売り切れるほどの人気を獲得した「Trump Digital Trading Cards」NFTですが、わずか10日で80%も価格が下落しています。
引用元:CryptoSlate
Open Seaのデータによると、フロア価格は最高価格の0.84ETHから0.16ETHに下落しています。
2022年12月28日には45,000のNFTが合計15,115人のオーナーによって所有されていました。これは34%のユニークオーナー率に相当します。ユニークオーナー率は数字が大きいと「多くの人が持っている=分散率が高い」と判断できます。「Trump Digital Trading Cards」の34%というのはどちらかというと低めの分散率で、一部の人たちが買い占めているのではなく、多数のユーザーに買われていることが分かります。
通常のNFTコレクションでは「一部の人しか持っていない」ものは急激な価格変動を起こしやすく、多くの人に買われているコレクションは急速な価格変動リスクが低いとされています。ところが、「Trump Digital Trading Cards」は急速に価格が下落しています。「多くの人に買われたが、買った人がすぐに売ろうとしている」状態を招いていると考えられます。
次々に明らかになる不審点
「Trump Digital Trading Cards」は当初の好調から一気に価値が大幅に下がりました。その要因は様々に指摘されており、「著名人NFTプロジェクト」が失敗する典型的な事例として注目されています。
ここでは「Trump Digital Trading Cards」の急騰を招いたと考えられる要因を3点挙げて解説します。
画像ソースに問題ありとの指摘
「Trump Digital Trading Cards」が発行された直後から、「使用されている画像はオリジナルではない」という指摘がネット上で相次いでいます。
たとえば、無料画像提供サイトとして世界中で使われている「shutterstock」の画像を流用していると指摘されています。
引用元:Twitter
トランプのNFTコレクションはアートを盗んだ」「コレクション全体がジョークだ」と指摘するツイートです。
この他の画像にも無料画像サイトからの流用が発覚しており、サイトのロゴマークを消しきれていない部分があることが分かっています。単に流用しただけでなく、ごまかそうともしない点にコレクションの「適当さ」「ずさんさ」が現れていると言えます。
また、Amazonサイトからの流用も指摘されています。
引用元:Twitter
他のECサイトからの流用も指摘されています。アメリカの大統領職を務めた人物が「公式画像」として発表するには、あまりにも適さないと言えるでしょう。
画像を使った検索は専門家でなくても可能になっている時代ですので、こういった不正は非常に素早く指摘されます。
著作権違反という指摘も
「Trump Digital Trading Cards」が画像を流用した「shutterstock」は、画像を提供するサイトですが「無断利用」するのは限りなく黒に近いグレーです。商用利用が可能となっている画像なのかどうかは不明ですが、どちらにせよ公式の画像としてそのまま使うのは疑問でしょう。
また、黒に近いグレーではなく、はっきりと著作権侵害ではないかという指摘もあります。「SkeeterBombay」を名乗るTwitterユーザーは、「Trump Digital Trading Cards」の写真にロイター通信の写真が使われていると語っています。
「SkeeterBombay」は、トランプ氏がゴルフしている画像はロイターのデビッド・モイヤーが撮影した写真をフォトショップで加工したものと指摘しています。
Amazonサイトの写真流用についても、多くのNFTユーザーやネットユーザーは「著作権侵害にあたるケースだ」と主張しています。とはいえ、今のところ著作権違反として立件されてはいません。
NFT制作会社への疑惑
さらに悪いことに、このNFTを発行した「NFT International」という会社についても不審な点があると指摘されています。
公式ページに記載されている「NFT International」の住所を調べてみると、「The UPS Store」という私書箱サービス企業の店舗が表示されるとニューヨークタイムズの元記者が発表しています。
引用元:realtor.com
この元記者がさらに調べたところ、「NFT International」の所在地としてワイオミング州シャイアンの住所に行き着いています。その住所には米軍に不正な部品を提供して詐欺罪に問われた会社や、金融詐欺に関与している会社など「良からぬ仕事をしている会社や人物」が関わっている場所と報告されています。
「Plum」を名乗るツイッターのアカウントによると、「Trump Digital Trading Cards」の背後には、かつて有名俳優のNFTプロジェクトを立ち上げると言っておきながら結局失敗している人たちが関わっているらしいと報告されています。
引用元:NFT Evening
ここからは推測になりますが、以下のような経緯だったのではないでしょうか。
- 悪意を持ってNFTプロジェクトを立ち上げる集団が存在する
- NFTについて良く分かっていないトランプ氏に「ウマい話」を持ちかける
- 画像を流用・無断転用してNFT画像を作る
- 制作費をもらって後は所在を明らかにしないまま放置する
単なる推測に過ぎませんが、このようにして有名人・著名人を詐欺的な手段で騙している集団がいる可能性があります。
ドナルド・トランプNFTから分かるプロジェクトの失敗パターン
有名人・著名人が発行するNFTコレクションは今後も増えていくことが予想されます。これまでにも多くの成功事例が報告されています。とはいえ、「出してはみるがそれっきり」というものが少なくありません。売上や二次流通で話題になるものは珍しいというのが現状でしょう。
ジョニー・デップ氏のNFTもありましたがなかなか売れず、途中で発行を止めたということもあります。
ドナルド・トランプ氏のNFTも典型的な失敗事例と言えるでしょう。ここからは、「Trump Digital Trading Cards」を事例に「どういったNFTプロジェクトが失敗しやすいのか」を分析していきます。
NFTビジネスに対する認識
「Trump Digital Trading Cards」を紹介している海外のニュースやNFT関連サイトでは、「トランプ氏にはNFTの知識がない」「トランプ氏は一見して可愛いなと思っただけ」といった記述が目立ちます。
アメリカでは野球の「メジャーリーグカード」は非常に有名で多くのコレクターが存在します。希少なカードは高値で取引されており、数千万円程度のカードも珍しくありません。トランプ氏は、「Trump Digital Trading Cards」の話を持ちかけられて、良く調べもせずにゴーサインを出したものと推測されます。もしかしたら、メジャーリーグカードのようなものをファンサービスの一環として発行するのだろうと考えていたのかもしれません。
トランプ氏自身がNFTについて何も知識がなかったという点に、つけこまれる余地があったとも言えるのではないでしょうか。制作会社は「完全に違法である」とは断言できませんが、無断借用と言われても仕方のない画像をNFT化するような会社です。そのような会社が知識のない著名人に話を持ちかけて上手に丸め込んだという推測も可能でしょう。
トランプ氏は今でも高い人気のある人ですが、あまり深く物事を考えるタイプではないようで、就任時もその後も数多くの失言やスキャンダルが報道されています。直感で物事を決めるような人であるため、その性格を利用して「商売」をしようと企む人たちがいてもおかしくありません。
「NFT」「web3」について、言葉としては知っていても中身を良く知らないという有名人・著名人はたくさんいるでしょう。知識のない人を利用して儲けてやろうという悪意のある人は世の中に大勢います。今後も「Trump Digital Trading Cards」のような事例が発生する可能性は高いと考えられます。
ファン層の読み違い
引用元:Adobe Stock
もうひとつ、「Trump Digital Trading Cards」の失敗要因として挙げられるのは「ファン層の読み違い」です。
著名人に関連するグッズやアイテムを販売するというのは、「ファンマーケティング」のひとつです。その人に対する強い愛着や信頼といった感情的なつながりを感じている顧客に重点を置いてグッズを提供するという手法です。
このとき重要なのは、「その人のファンがどのような嗜好を持っているか」「どのような商品を喜ぶのか」というリサーチです。たとえば野球ファンにとっては、有名選手のサインボールは強く心を惹かれるグッズとなります。
トランプ氏のファン層の中心はアメリカ共和党の支持者です。民主党に比べると保守的で、キリスト教徒や農業従事者・労働者などといった人たちです。
NFTは新しい技術で、どちらかというとリベラル・インテリ層向けのものです。固定概念にとらわれるのは良くありませんが、NFTが共和党支持者の心をとらえるとは考えにくいですし、NFTに馴染みが深い人たちとは言い難いのではないでしょうか。
トランプ氏NFTはいったん爆発的に売れたとはいえ、すぐに手放す人が多かったことがデータから明らかです。「なんだか分からない」「持ってても仕方ない」と考えた人が少なくなかったと推察されます。
「Trump Digital Trading Cards」は、著名人だからといって安易にNFTに参加してもあまり良い結果はもたらさないことを教示しているとも言えます。
デザインへの関心の薄さ
すでに言及したことの繰り返しのようですが、「Trump Digital Trading Cards」ではトランプ氏本人のデザインに対する関心の薄さにも問題があると考えられます。
トランプ氏は「強いアメリカ」を志向する人物で、制作会社から提示された画像はそのイメージにふさわしいと判断したと考えられます。それにしても、選ばれた画像はあまりにシュールであり、「ちょっとやりすぎなんじゃないか」「強調しすぎて逆にかっこ悪い」といった指摘ができなかったトランプ氏のセンスは疑われても仕方ないでしょう。
NFTを発行する本人にデザインセンスがないなら、ふさわしいアドバイザーが必要です。不正利用されたと思われる画像も、ネットに詳しい人なら「サイトのロゴが入ったまま消しきれていない」ことには気付けるレベルのものです。
NFTを発行するなら、「自分にふさわしいものを選べる人」にアドバイスを求めるべきでしょう。
まとめ
「Trump Digital Trading Cards」の問題点を解説しました。最後にこの記事をまとめます。
- 前アメリカ大統領のドナルド・トランプ氏は2022年12月15日に4万5000枚のNFTを発表した
- 購入者に豪華な特典が付帯すると告知され、販売当初は好調だった
- トランプ氏自身はNFTについての知識はなく、単に「売れるかもしれない」と考えてゴーサインを出している
- NFTのデザインはシュールな自画像で、「不条理なほど英雄的」と批判された
- 販売後わずか10日で価格が80%も下落した
- 「使われた画像は盗用なのではないか」「制作会社が怪しい」などの批判が相次ぎ、著作権違反と指摘された
- トランプ氏にNFTビジネスの知識がなかったこと、ファン層を読み違えたこと、デザインへの関心の薄さなどが失敗の要因と考えられる
今後も著名人や有名人をテーマとするNFTは発行されることが予想されます。NFTやweb3はまだまだ発展途上の分野であるため、なかには「怪しい」「出自が不明」といったプロジェクトが出てくる可能性があります。良く注視しておきましょう。