世界的な老舗スポーツアパレルブランドであるナイキですが、この数年でWeb3.0事業への積極的な投資を進めています。
2021年10月末にナイキはメタバース参入を表明し、バーチャルアイテムの商標登録を出願。
その種類は衣類やスニーカーだけではなく帽子、メガネ、バッグ、スポーツ用品やアクセサリーなど多岐に及んでいます。
そして同年の12月には、NFTスニーカーなどで知られる「RTFKT」を買収しました。
この買収額は非公表ですが、一説には日本円で37億円にものぼるといわれています。
ナイキはこのRTFKTによるNFT販売や、自社NFTコレクションである「CryptoKicks」などのNFTを販売。2022年末時点において、日本円で約260億円の収益をあげています。
この金額は競合他者であるアディダスの約15億円、プーマの約2億円と比較しても圧倒的です。
このようにWeb3.0事業への参入を続けているナイキですが、2022年11月には新たなWeb3.0プラットフォームである「.SWOOSH」を発表しました。
今回の記事ではナイキの新たな戦略となる「.SWOOSH」の概要を確認し、NFTを事業に活用するための事例として考察していきます。
この記事の構成
ナイキ「.SWOOSH」とは?
「.SWOOSH」は2022年1月に新設された、「ナイキ・バーチャルスタジオ」の傘下に置かれたプラットフォームです。
2022年11月にベータ版がリリースされ、現在ではアメリカと一部のヨーロッパのみが対象となっています。
こちらでは、そんな「.SWOOSH」に関する概要を確認していきます。
デジタルコミュニティである「.SWOOSH」
「.SWOOSH」の総責任者であるロン・ファリス氏は、以下のようにコメントしています。
「我々は、Web3に関心のある人々がアクセスできる、未来の電子市場を構築している。.Swooshでは、コミュニティとナイキが共に制作を行って恩恵を受けることが可能だ」
つまり、「.SWOOSH」では顧客とブランドがデジタル空間を通じてコミュニケーションできます。
さらに、今後ナイキが発表するデジタルコレクションが「.SWOOSH」を通してリリースされる上、コミュニティ内でのNFTの作成も実施される予定です。
Polygonチェーンを利用
「.SWOOSH」からリリースされるNFTコレクションでは、Polygonチェーンの活用が予定されています。
その理由は、現在のNFT流通のメイン通貨であるEthereumでは、高額な手数料とトランザクションと呼ばれるアカウントからの命令処理に時間がかかるからです。
Polygonでは安価な手数料と高速処理を実現しているため、NFTの取り扱いがより容易になっています。
Ethereumの代替を目指すPolygonですが、日本国内ではSBIホールディングスやレコチョクなどがユーザー企業リストに含まれています。
今後、国内におけるWeb3.0事業の中心となる可能性も考えられるブロックチェーンだといえるでしょう。
Bitgoウォレットと連携
「.SWOOSH」を利用する顧客は、NFTの購入に必要となるウォレット作成の手間がかかりません。
なぜなら、「.SWOOSH」のIDをBitgoウォレットと共有するだけで、デジタル資産信託会社であるBitGoが作成、管理するウォレットを顧客に提供するからです。
これはメタバースやNFTに詳しくない全てのナイキファンを顧客にするための対応であり、実際にそのハードルは大きく下がるはずです。
そして、「.SWOOSH」を通じてNFTを身近に感じる人が増えるほど、市場全体の高まりも大きくなる可能性があります。
しかし「.SWOOSH」IDとBitgoで作成したウォレットは、ナイキの商品にしか利用できないので注意が必要です。
2023年中にデジタルコレクションを発表予定
ナイキは「.SWOOSH」での商品発売を急いでいません。
ベータ版がリリースされた11月時点では、コレクションの販売は少なくとも1ヶ月以上は先であると公表されていました。
しかし2023年3月現在でもまだ、具体的な内容は発表されていません。
コレクションの販売を急いでいない理由としては、Web3.0やNFT特有の敷居の高さから顧客を疎外する可能性を払拭するためです。
実際にナイキは、各都市でのイベント開催を通して「顧客教育」に力を注ぐ考えを表明しています。
つまり、ここまでNFT事業に活発な投資を続けるナイキですが、まだまだ種まきの状態であるということでしょう。
収穫の時期はまだまだ先ですが、必ず芽が出ると確信しているようにも感じます。
ナイキ「.SWOOSH」が顧客へ提供する価値
「.SWOOSH」では顧客同士だけではなく、顧客とブランドがデジタルコミュニティを通して意思疎通が可能になります。
さらにウォレット作成の手間も省いており、多くのナイキファンが集まることが想定されます。
こちらでは、実際に「.SWOOSH」を通じて顧客が得られる体験価値を紹介していきます。
NFTアイテムの収集と売買
まずは、ナイキが独自で販売するNFTコレクションの収集、および売買の場として活用されるでしょう。
前述した通り、「.SWOOSH」では簡単にウォレットの作成が可能です。
そのため、NFTに対する顧客の知識が乏しい場合でも、その他マーケットプレイスと比較して容易なやり取りが実現できます。
販売が予定されているNFTアイテムは、メタバース空間やゲーム上でアバターに装着できるものを予定しているようです。
そのため、現実世界とリンクしたコレクションなども想定されるかもしれません。
今後の動向に注目すべきといえるでしょう。
スニーカーのデザインに携わる
2023年1月26日、「YourForce1チャレンジ」と称した作品制作チャレンジが発表されました。
こちらは、コンテスト形式で顧客が自身のスニーカーデザインに対するコンセプトを提案するものです。
そして、4名の受賞者には約65万円が賞金として送られます。
賞金だけではなく、ナイキのデザイナーと直接コラボしたオリジナルスニーカーの作成も予定されているようです。
顧客から採用されたデザインは、今後発表が予定されているNFTのコレクションの一部としても販売されるかもしれません。
この場合、アイデアを提供した顧客は販売ロイヤリティを受け続けることができるでしょう。
「.SWOOSH」は、顧客とブランドが商品を共同制作する場としても活用されるのです。
特別コンテンツへのアクセス権
「.SWOOSH」を通してNFTコレクションを保有している顧客に対して、限定の特別コンテンツのアクセス権を予定しています。
現時点では以下のような内容が公表されています。
- 現実世界のコレクションを事前注文
- デザイナーとチャットで交流
普段からナイキアイテムを身に着けている顧客にとって、人気の集まるコレクションを事前注文できることは大きな魅力となるでしょう。
加えて、デザイナーとチャットを通じて交流することも、非常に刺激的な体験となるはずです。
今後は特定のトークンを保有していることで、新規発行されるトークンを無料で保有できる、エアドロップなども行われるかもしれません。
限定イベントの開催
特別コンテンツとは別に、バーチャル上での限定イベントの開催も予定されています。
ここではナイキを利用するアスリートや、デザイナーとバーチャル空間を通じて交流できます。
他にも、NFTに関連する勉強会の開催なども想定されているようです。
ナイキは、「.SWOOSH」で商品を購入してもらうことではなく、入会後に得られる体験こそに価値があると考えています。
そのため、様々な魅力的なイベントの開催、コンテンツの提供が想定されるでしょう。
こちらも今後の動向に注目すべきといえます。
「.SWOOSH」の事例は他業界にも展開可能
ナイキが挑戦する「.SWOOSH」はまだ準備段階であり、これからの伸長が期待されるプロジェクトです。
しかし、現段階での状況と今後の予定などからでも他業界、他事業へと展開できる要素とメリットが存在しています。
こちらでは、その中から以下の3点について考察します。
- 新技術を利用した事業は注目を集める
- 先行者優位に立つことでのブランディング強化
- リストマーケティングとの連携
新技術を利用した事業は注目を集める
ナイキの「.SWOOSH」は各業界から大きな注目を集めています。
その理由は、ナイキという誰もが名前を知っている有名企業が、NFTという発展途上の分野に挑戦しながら、実際に活用アイデアへと落とし込んでいるからでしょう。
しかし、ナイキのような有名企業ではなくても、NFTのような新技術を利用した事業は業界内から注目を集めます。
なぜなら、同業他社もNFTのような技術は気になっているが、「どうなるか分からない」や「どう活用すればいいのか分からない」という悩み、不安を持っていることが考えられるからです。
そのため、他者がNFTを活用した事業を展開した場合、参考事例として注目を浴びることになるでしょう。
そして、これは業界内だけではなく顧客からの視線も同様となるはずです。
さらに、新技術を利用した事業をいち早く取り入れることで、自然とその事業の知名度が上がることも期待できます。
結果的に広告宣伝費を大きくかけることなく、世間に事業を周知できるでしょう。
先行者優位に立つことでのブランディング強化
「.SWOOSH」は、スポーツアパレルブランドが本格的にNFT事業に参入した先行事例となるでしょう。
実際ナイキは、競合他者であるアディダスやプーマとは比較にならない程の投資を続け、NFT関連事業の売上では業界内で圧倒的なシェアを誇ります。
今後「.SWOOSH」が大きく拡大するにつれて、「NFTのスポーツアパレル=ナイキ」という図式が顧客の間で出来上がっていくはずです。
以下の事例のように、業界内での先行者がそのアイテムの代名詞となることは珍しくありません。
- 自動掃除機=ルンバ
- 強力な掃除機=ダイソン
- スマートフォン=iPhone
- 料理配達=ウーバーイーツ
それぞれにおいて、業界内で競合企業が存在しており、同様の商品やサービスを提供しています。
しかし、多くの顧客の頭の中では、上記のような図式が当てはまっているのです。
このように、新たな事業に真っ先に挑戦することで圧倒的な先行者優位に立つことができ、結果的にブランディング強化に繋がることが考えられます。
スモールスタートからでも、まずは業界内での先行事例としてNFTを始めとした新技術を活用する価値はあるといえるでしょう。
リストマーケティングとの連携
「.SWOOSH」は顧客同士だけではなく、運営ブランドであるナイキと顧客の交流の場としても活用されます。
そして、「.SWOOSH」に参加する顧客の多くはナイキ商品への興味が高く、購買する可能性が高い層になるはずです。
つまり、「.SWOOSH」上でセールスプロモーションを展開するだけで、購買率の高い顧客へ直接アプローチが可能になるのです。
従来、このようなリストマーケティングはメルマガ登録や、SNSを通じた訴求などに限られていました。
しかし、「.SWOOSH」のようなデジタルコミュニティを形成することで、効率的なマーケティング展開が実現できます。
さらに、「.SWOOSH」を利用する顧客は新商品などのプロモーションについて、自身のSNSを通して拡散することも考えられます。
結果的に、広告宣伝費を抑えながらも強力な発信が実現できるかもしれません。
今後、コミュニティ形成を通した顧客の囲い込みは重要となることが考えられます。
そのような面からも、「.SWOOSH」の事例は参考になるのではないでしょうか。
2023年に本格始動する「.SWOOSH」
ナイキの本格的なNFT事業参入のきっかけになる「.SWOOSH」について、その内容からその他業界への展開可能性について解説しました。
2023年3月現在では、唯一スニーカーのデザインコンテストが実施されたのみで、まだ具体的な全体像は見えていない状況です。
さらに、アメリカと一部ヨーロッパのみという限られた地域での展開に留まっています。
日本国内で「.SWOOSH」が大きく注目を集める日は、まだまだ先になりそうです。
しかし、海外での流行が時間差で日本に訪れた事例は数え切れないほど存在しています。
過去の傾向からも、ナイキという巨大ブランドが挑戦するNFT事業「.SWOOSH」への注目は続けるべきだといえます。
日本国内で本格的なNFT事業のブームが起きた時、その流れに乗って大きく伸長するためにも、早めの準備を検討してみてはいかがでしょうか。