暗号資産(仮想通貨)やNFTの中には、有価証券と同様の性質を持つものも珍しくありません。一方で、トークンにおける法的な位置付けは確定しておらず、トークンの証券性に関してたびたび議論が巻き起こります。
このような中で、登場する指標の一つが、ハウェイテストです。アメリカにおいて長年、金融商品の証券性を判断する際に用いられた指標であり、暗号資産にも適用できると期待されています。
そこでこの記事では、暗号資産におけるハウェイテストとは何かを紹介しながら、司法判断における変遷を取り上げます。
この記事の構成
ハウェイテストとは
アメリカにおいて有価証券を発行する場合には、SEC(アメリカ証券取引委員会)への届け出が必要です。この連邦証券法において定められており、
金融資産の証券性を判断するアメリカの基準
ハウェイテスト(Howey test)とは、特定の商品が「金融証券」に該当するか否かを判断する際の基準です。アメリカにおいて適用される基準であり、アメリカ証券取引委員会(SEC)による規制対象と見なされるか否かの判断材料になります。
ハウェイテストの起源は、1940年代に巻き起こったW. J. Howey社に関する裁判です。この裁判では、W. J. Howey社によって発行された果樹園の権利書が該当するか否かが争点となりました。W. J. Howey社に関する裁判が判例となり、その後は金融商品の証券性を判断する場合に、このハウェイテストが用いられるようになりました。金融商品と認定されれば、SECによる規制対象に指定され、一般の投資家への販売にあたって厳格なルールが適用されます。
例えば、骨董品やトレーディングカードなどは、有価証券として規制すべきか判断が分かれます。このような商品に対して、ハウェイテストによる判定が下されます。
トークンの法的な位置づけを決める指標となりうる
暗号資産やNFTについては、未だに法的な位置づけが確定していません。その一方でWeb3の世界では、資金調達や投資を目的としたトークンの取引が相次いでいます。そこでこれらトークンの証券性を判定する基準として、ハウェイテストの活用が期待されています。
実際に暗号資産を巡る裁判では、ハウェイテストへの該当の有無が争点となっています。
ハウェイテストにおける判定項目
ここでは、ハウェイテストの判定項目を紹介します。裁判において トークンの証券性を争点とする場合に、以下の4項目から判定が行われます。
資金を集める目的であるか否か
一つ目の基準は、「投資家から資金を集める目的で発行されたか否か」です。投資家から資金を募って、その対価としてトークンを発行した場合に証券性が認められます。
加えて、投資家から集められた資金を発行元が管理し、特定の事業に投資しているか否かも判定のポイントとなります。
共同事業からの収益であるか否か
二つ目の基準が、「共同事業による収益であるか否か」です。
この共同事業については、二通りの解釈が存在します。一つは、同じ立場に身を置く複数の投資家の存在が必要であるという解釈(水平的共同)です。一方で、事業者と出資者との垂直的な出資関係があれば成立するとの見解(垂直的共同)も存在します。
利益を期待して行われるか否か
三つ目の基準が、「利益を期待した上で出資が行われているか否か」です。トークンから得られる将来的な利益を目的としている場合、証券性を持つと判断されます。
例えば、アートのNFTを純粋な保有目的の動機で購入する分には問題ありません。一方で NFTから得られるキャピタルゲインやインカムゲインを目的とした取引の場合には証券性が疑われます。
発起人や第三者の努力に依存しているか否か
四つ目の基準が、「発起人や第三者の努力に依存しているか否か」です。有価証券の資産価値を持続させる上で、発行元である企業が経営努力をし続ける必要があります。つまり出資者ではなく、発起人や第三者が収益を得るための主体として活動しているか否かが争点となります。
過去に証券性の有無が議論された銘柄
ここでは、代表的なトークンにおける過去の論争をまとめました。2023年5月時点で、暗号資産やNFTに関する法的解釈は確定していません。そのため多くのトークンにおいて、過去から現在にかけてさまざまな論争を巻き起こしてきました。
ビットコイン(BTC)
2018年に開催された暗号資産に関する会合「Yahoo All Markets Summit: Crypto」において、当時のSEC コーポレートファイナンス部門長であるWilliam Hinman 氏がビットコインに関する見解を示しました。
その発言の中で、「多くのICOトークンは有価証券関連法によって規制される」との見解を示した一方、ビットコインやイーサリアムは、該当しないとしました。その理由は、「ブロックチェーンにおける分散化が進んでいるため」と述べています。
イーサリアム(ETH)
CFTC(アメリカ商品先物取引委員会)のベナム委員長が、「イーサリアムは有価証券に該当しない」との見解を示しています。
2022年に開催されたSIFMA(証券業金融市場協会)の年次会合の場で、ベナム委員長は 「イーサリアムが商品(コモディティ)に該当する」と発言しています。しかしその一方で、SECにおいて「イーサリアムは有価証券に該当する」と考える人も存在します。
このように、CFTCとSECであってもトークンに対する認識が一致しているわけではありません。
リップル(XRP)
2015年には、アメリカの捜査機関であるFinCEN(金融犯罪捜査網)によって、「リップルが暗号資産である」と定義されました。
この事件では、リップル社による銀行秘密保護法やアンチ・マネー・ロンダリング(AML)に対する違反が問題視されました。捜査の結果、リップル社は銀行秘密保護法の違反により罰金を命じられています。また、和解合意の文章の中において、「リップル(XRP)は仮暗号資産(cryptocurrency)である」と定義されました。
LBRY Credits(LBC)
2021年3月、SECはLBRY Creditsを発行する「LBC」を提訴しました。
SECが問題視したのは、有価証券としての届け出が出されていない点です。このLBCにおいても、SECは「有価証券に該当する」との見解を示しています。この裁判は係争中であり、2023年5月時点で結論は出ていません。
DAOのガバナンストークン
2017年7月にSECが発行したレポートの中で、「DAOトークンが連邦証券法の対象となる」との見解が示されました。
このレポートではHowey Testを用いてガバナンストークンの性質を分析しており、DAOの発行するトークンが証券に該当すると結論付けています。
アメリカ証券取引委員会によるトークンの証券性に対する認識の変遷
ここでは、SECが示したトークンに対する解釈の変遷を紹介します。
暗号資産に関する事件が巻き起こるたびに、トークンの証券性を問う議論が再燃してきました。未だにトークンの法的な立ち位置は確定していないものの、SECから解釈が示されたことがあります。
2017年におけるICOとDAOトークンに関する認識
2017年には、SECよりDAOトークンやICO(Initial Coin Offering)に関する見解が示されました。
直近の2016年6月には「The DAO事件」が発生しており、トークンの証券法上の扱いが大きく注目されていた時期でした。そのような状況で、「ICOによって発行されたトークンは、連邦証券法の適用を受ける」との考えを示しました。その理由として、トークンのICOが資金調達を目的に行われている点を挙げています。加えて、利益を目的とした投資家が参入している点も根拠の一つとされました。
2018年におけるICOへの規制開始
2018年には、SECがICOトークンに対して規制を実施しています。
AirFoxやParagonなどにより発行されたICOトークンが問題視され、SECは発行元に対して民事制裁金の支払いを命じるなど、行政上の処分を課しています。これらのICOトークンはSECへ無届けで発行されました。しかし、証券としての性質が認められるとして、規制がかかりました。
2019年に公表したデジタル資産に関する共同声明
2019年10月には、以下の団体によって「デジタル資産に関する共同声明」が発表されました。
米国商品先物取引委員会
金融犯罪取締ネットワーク
米国証券取引委員会
この共同声明によって、「デジタル通貨」や「デジタル資産」が有価証券や金融商品に該当する可能性が示唆されました。共同声明が発表された2019年頃は、ちょうどFacebook社(現Meta社)がデジタル通貨の開発を発表していた時期です。このようなデジタル通貨の開発をけん制する意味で、共同声明が発表されました。
2020年のリップルに対する訴訟
2020年には、SECがリップルの幹部を起訴しました。
この訴状の中でSECは、「XRPは証券に該当しているにも関わらず、SECへの申請や登録が行われなかった」と主張しています。つまり、トークンも有価証券と同様の手続きが必要であると主張していました。
2021年の公聴会での「暗号資産の大半は有価証券」との証言
2021年10月 5日のアメリカ下院における金融サービス委員会の公聴会で、暗号資産に関する議論がなされました。
この公聴会の場でSEC委員長のゲンスラー(Gary Gensler)氏は、「暗号資産の大半は有価証券である」との見解を示しています。
2022年の公聴会での「PoSトークンは大半が有価証券」との見解
2022年8月のスピーチでSECの委員長であったゲンスラー(Gary Gensler)氏は、「大半のトークンは有価証券に該当する」との認識を示しました。
判断の根拠として、ゲンスラー氏は「投資家は金銭的なリターンを目的としてトークンを購入している」と説明しています。このことから、ハウェイテストに照らし合わせた場合に投資契約に該当すると判断しました。
ハウェイテストを用いたトークンの証券性に関する議論のまとめ
トークンにおけるハウェイテストについて、紹介しました。このハウェイテストの適用によって、トークンの証券性の有無を評価できます。とはいえ、司法の場ではトークンの法的位置付けが確定しておらず、未だに有価証券か否かの判断が分かれているのが現状です。裁判で係争中となっている事案も多くあるため、今後の司法判断が待ち望まれます。