最近では「play to earn 」や 「learn to earn 」など、「~ to earn」という言葉もインターネットの上では馴染みのある言葉となってきました。ほぼ全てのWeb3のプロジェクトは、さまざまな形のトークンインセンティブをユーザーに提供しています。
これらのトークンは、例えば「楽天ポイント」や「マイル」など、企業が提供するポイントと同じものでしょうか。顧客のロイヤルティを促進するという点では似ていますが、本質的には大きな違いがあります。
企業のトークンエコノミーは、一般的にはその企業のエコシステム内で利用され、エンゲージメントの増加と企業利益の増大を目指しています。ユーザーは企業から提供されるサービスや製品を使用することでポイントを獲得しますが、これらのポイントは通常、その企業の製品やサービスに対する割引や特典と交換されます。したがって、ユーザーは企業の成長や発展から直接的な利益を得ることはありません。
一方で、Web3のトークンエコノミーは、ユーザー自身がプラットフォームの所有者となり、その成果によって直接的な経済的報酬を得ることを可能にします。これにより、ユーザーはプラットフォームの成長と発展に直接貢献することで、その利益を享受することが可能になります。
このような違いは、Web3のトークンエコノミーがユーザーのエンパワーメントと分散化を重視するWeb3.0の哲学と一致していることを示しています。これは、Web3のマーケティングが従来の企業のマーケティングとは異なるアプローチを必要とする一因となっています。
Web3の最大VCのひとつである、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)ファウンダーのChris Dixon氏は、「ネットワークアーキテクチャは運命」と表現しています。これは、ネットワークアーキテクチャによって、ネットワークのガバナンスや経済の流れが決定付けられることを意味しています。Web3においてトークンエコノミーとは、ネットワーク構造(アーキテクチャ)のプロトコルの性質から由来する、Web3の肝となる仕組みのことです。
この記事では、Web3のマーケティングにおいてトークンエコノミーへの理解が重要な理由、そしてトークンエコノミーの役割について、その仕組みをネットワークアーキテクチャの違いから紐解いて解説します。
この記事の構成
この記事の構成
- Web2.0とWeb3のマーケティング
- ネットワークアーキテクチャの進化
プロトコルネットワーク:P2Pによるインターネットの構築
コーポレートネットワーク:巨大企業によるデジタル空間の支配
ブロックチェーンネットワーク:分散化と権限の帰属 - トークンエコノミーとは
- トークンエコノミーの具体例
- Web3のトークンエコノミーの役割
- Web3時代のマーケティング
- トークンエコノミーに関わる法改正
- まとめ
Web2.0とWeb3のマーケティング
ユーザーが情報を受け取るだけのWeb1.0の環境に比べ、Web2.0ではユーザーが情報を消費するだけでなく生産・共有することも可能となり、より対話的で社会的なものになりました。
Web2.0のマーケティングでは、ソーシャルメディア、SEO、コンテンツマーケティング、電子メールマーケティングなど、デジタルチャネルを通じてオーディエンスにリーチします。これらの戦略は、ユーザーが提供したデータ(ソフトウェア内での行動など)を収集し、分析することで、パーソナライズされたコンテンツを提供することに重点を置いています。
一方Web3は、ユーザーがデータの所有権を保持し、その価値を直接受け取ることができる環境を目指しています。Web2.0では無料で中央の管理者に渡していた情報やガバナンスを、Web3ではユーザーに所有、制御する権利を戻します。それは、分散化とブロックチェーン技術に基づくネットワークアーキテクチャが可能にする、インターネットの新しいパラダイムです。
そこでは、情報の所有の権利やネットワークのガバナンスをユーザーに戻すために、トークンが重要な役割を果たします。トークンは、ネットワーク参加者がそのエコシステムで価値を作り出し、共有するための手段となります。
例えばWeb2.0では、中央集権的なシステム上、商品やプロジェクトを軌道に乗せるために多大な広告費が使われてきましたが、Web3ではトークンインセンティブがきっかけとなって、ユーザーがトークンによる報酬を得ながらSNS等で拡散することが、それに替わる宣伝になります。Web3におけるユーザーのエンゲージメントとは、ユーザーが行動することによって得るユーザー自身への報酬になります。
ネットワークアーキテクチャの進化
ネットワークアーキテクチャは以下の3種類に大別できます。
- プロトコルネットワーク
- コーポレートネットワーク
- ブロックチェーンネットワーク
プロトコルネットワーク:P2Pによるインターネットの構築
インターネットの黎明期には、GoogleのAWSデータセンターなどがない時代なので、P2Pの方法でネットワークを構築する必要がありました。プロトコルという標準が作られ、それをソフトウェアに組み込むことで、インターネットに参加することがより一般的になりました。
プロトコルネットワークのソフトウェアはコミュニティ主導のもので中央の管理者がいなかったため、誰もお金を取る人はいませんでした。そして、法律上問題がなければ各々のやりたいことができるので、様々な興味深いイノベーションを可能にしました。
その頃によく利用されたDNS(ドメイン名システム)やRSS(ウェブサイトの更新情報を配信するためのフォーマット)は、プロトコルの性質によりガバナンスは分散化されています。
しかしその後に台頭したFacebookやTwitterなどのSNS(後で解説するコーポレートネットワーク)に比べると、プロトコルネットワークの成功は限定的なものでした。その主な理由として、プロトコルネットワークが資金調達に苦労する一方で、コーポレートネットワークは、ベンチャーキャピタルからの資金調達が可能という構造的な利点が挙げられます。
プロトコルネットワークは、インターネット上で管理者不在のP2Pのコミュニケーションを可能にしましたが、ユーザーエクスペリエンスの不便さがあったこと、資金を集める仕組みを持っていなかったことが弱みとなりました。
コーポレートネットワーク:巨大企業によるデジタル空間の支配
現在、インターネット上のプラットフォームは、YouTube、Twitter、Facebookなど一握りの大企業が支配的になっています。これらのプラットフォームはユーザーエクスペリエンスを向上させ、ホスティングコストを補助するなど多くの利点があり、プロトコルネットワークに対する重要な構造的優位性を持っています。
こうした企業が主導するコーポレートネットワークは、ベンチャーキャピタルから資金を調達し、それを用いて各々のビジョンを具現化し、インターネットの次の時代を支配する一因となりました。
その一方で、コーポレートネットワークのデメリットは否応なく認識されます。それは主に、ユーザーの自由と経済の流れの制限、プラットフォーム上のビジネスのリスクについてです。
これらの企業は経済的な力とガバナンスの力を完全に握っており、ユーザーは多くの制約を受け入れる必要があります。
インタラクションやコミュニケーションの方法は、プラットフォームが許可する範囲内でしか行えず、別のプラットフォームにフォロワーや登録者ごと移動することはできません。
さらに、ユーザーはそれらのプラットフォームを利用する利便性と引き換えに、ユーザー自身の情報(投稿内容やプラットフォーム内での行動など、企業が分析し、広告主に提供できるもの全て)を無料で提供しており、発生する経済の流れからの報酬のほぼ全てをそれらの企業が受け取っています。また、コーポレートネットワークはAPIやルールを一方的に変更できる権限を持っており、そのネットワーク上でビジネスを展開する者は大きなリスクに直面します。
ブロックチェーンネットワーク:分散化と権限の帰属
ブロックチェーンネットワークは、プロトコルネットワークとコーポレートネットワークの長所を融合し、その弱点を克服した次世代のネットワーキングモデルといえます。
ブロックチェーンネットワークは、P2Pのインタラクションと非中央集権の利点を享受しつつ、より効率的なユーザーエクスペリエンスと新しい資金調達機能を提供します。そして、ブロックチェーン技術は、この分散型ネットワークが資金を生成し、ユーザーに経済的なインセンティブを提供することを可能にします。
この新世代のネットワークでは、変更不可能なルールがコードに組み込まれることで、中央の管理者ではなくソフトウェアに権力が移譲されています。これは、ユーザーがそのプラットフォームのルールやガバナンスメカニズムを一方的に変更されることから自由になることを意味します。
さらに、ユーザーが自身のデータに対する所有権を有し、そのプラットフォームから得られる経済的な価値を享受することも可能にします。これにより、ユーザーが自身の情報を無償で提供するという現行のコーポレートネットワークのモデルを打破することができます。
しかしながら、ブロックチェーンネットワークもまた、いくつかの課題に直面しています。分散化されたネットワークはスケーラビリティに課題を抱えています。また、ブロックチェーンネットワークのユーザーエクスペリエンスは依然として改善の余地があります。
現在の課題を解決し、これらのネットワークが持つ潜在的な可能性を最大限に引き出すためには、技術的な進歩と規範的な議論が必要となるでしょう。
トークンエコノミーとは
これまで、3つのネットワークアーキテクチャについてそれぞれ解説してきましたが、インターネット黎明期のプロトコルネットワークの、分散性と社会的利益を維持しつつ、コーポレートネットワークの競争力とユーザーエクスペリエンスを実現する革新的な手段として、ブロックチェーンネットワークは台頭しています。
それを実現する重要な設計上の仕組みが「トークンエコノミー」です。
Web3のトークンエコノミーは、ネットワーク構造のプロトコルの性質から由来するもので、経済の流れを分散化し、ユーザーに情報の所有権やガバナンスを戻すツールとなります。トークンエコノミーは、人々の善意に依存するのではなく、厳密なプロトコルとインセンティブ構造に基づいてその機能を保証していると言うことができます。
トークンエコノミーの具体例
トークンエコノミーの具体例として、以下のようなものがあります。
1.DeFi(分散型金融)
DeFiはブロックチェーン技術を活用して伝統的な金融システムを分散化するプラットフォームで、UniswapやCompoundといったプロジェクトがあります。これらのプロジェクトでは、ユーザーが自分自身の資金を管理し、その資金を使って投資や借入を行うことができます。ユーザーはトークンを所有しているだけでなく、これらのプラットフォームのガバナンスに参加することも可能です。
- Uniswap: イーサリアム上の分散型取引所で、ユーザーがあらゆる種類のトークンを無許可で交換できるようにしています。また、流動性提供者としてユーザーがプールにトークンを提供することで報酬を得ることができます。
- Compound: イーサリアム上のレンディングプラットフォームで、ユーザーが暗号通貨を貸出したり借りたりするための分散型マーケットプレースを提供しています。その報酬や利息は自動的に計算・付与され、ユーザーはそのプロセスにおいて完全なコントロールを保持しています。
2.コンテンツ共有プラットフォーム
OdyseeやAudiusなどのプラットフォームでは、ユーザーが自分自身のコンテンツに対する所有権を保持し、そのコンテンツを通じてトークンを獲得することができます。これにより、中央のプラットフォームが広告収入を一方的に獲得するのではなく、コンテンツクリエーター自身が自分のコンテンツの価値から直接収益を得ることが可能となります。
- Odysee:LBRYブロックチェーンに基づく分散型動画共有プラットフォームで、ユーザーが自身のコンテンツの所有権とガバナンスを維持できます。ユーザーは動画の投稿や視聴によってLBRYクレジット(LBC)を獲得し、視聴者と作成者が互いに動画をサポートする手段として使います。
- Audius: 分散型の音楽ストリーミングサービスで、アーティストが自分の音楽を直接リスナーに届け、その価値を得ることが可能です。また、リスナーはアーティストと直接つながり、音楽のストリーミングやダウンロードを通じて報酬を提供することができます。
これらの例では、トークンエコノミーはユーザーに情報や経済の所有権を提供し、その活動を通じて収益を得ることを可能にしています。
Web3のトークンエコノミーの役割
以下、Web3のトークンエコノミーの役割についてまとめます。
- 分散性の確保と強化:トークンエコノミーはネットワーク構造の分散性を確保し、強化する役割を果たします。これは経済活動の集中を防ぎ、より公平で開放的な環境を作り出します。
- 所有権とガバナンスの返還:トークンエコノミーはユーザーに情報の所有権とガバナンスを戻すことが可能です。これにより、ユーザーは自身のデータや情報、そしてその流通に対する管理権を取り戻すことができます。
- インセンティブの提供:厳密なプロトコルとインセンティブ構造を通じて、トークンエコノミーはユーザーに行動を起こす動機付けを提供します。これにより、ネットワーク内の個々の行動は全体の最適化とユーザー自身の利益に結びつくよう設計されています。
Web3時代のマーケティング
Web3のマーケティングでは、その特性としてのトークンエコノミーの理解と活用が不可欠となります。これは、従来の企業のポイントプログラムとは異なり、プロトコルの性質から生まれる新しい経済モデルを反映しているためです。これにより、ユーザーが情報の所有権を取り戻し、ネットワーク内のガバナンスに参加できるようになります。
その結果、マーケティングの手法も大きく変わります。従来は企業が提供するサービスや製品の価値を伝え、消費者の購買意欲を喚起することが主な目的でしたが、Web3のマーケティングでは、消費者がアクティブな参加者となり、ネットワーク全体の価値創造に寄与することを促します。
これは、トークンが提供するインセンティブメカニズムにより可能となります。このメカニズムを最大限に活用し、ユーザーのエンゲージメントと参加を高めることが、Web3時代のマーケティングの主要な課題となります。
したがって、マーケティング戦略を立てる際には、これらの新たな概念と仕組みを深く理解し、それを基にした新しいアプローチが必要となります。
トークンエコノミーに関わる法改正
最後に、現在の日本でトークンエコノミーをマーケティングに取り入れる際に注意すべき法律は、どこまで整備されているのでしょうか。ここでは簡単に現在の進捗状況を確認します。
法人のトークン発行に関する暗号資産についての税制は、2022年12月に令和5年度の『与党税制改正の大綱』が決定し、「自社発行の保有トークン」を期末時価評価の対象外へすることが盛り込まれています。
令和5年度の『税制改正の大綱』は、これから国会に提出され、衆参議院で可決されると改正法案が成立、施行となります。
法人が保有する「短期売買目的でない他社トークン」については、自民党が昨年提示した『Web3ホワイトペーパー』の中で、Web3の推進に向けてただちに対処すべき論点として、「保有する短期売買目的でない他社のトークンも、期末時価評価課税から除外すること」が提言されています。その提言については、今年3月に与党の政策として認められたところです。
参照:自民党 Web3 ホワイトペーパー
「2、Web3の推進に向けてただちに対処すべき論点(2)税制改正(2-1)トークンによる資金調達を妨げない税制改正 」より
まとめ
以上Web3時代のマーケティングについて、その要であるトークンエコノミーの役割について解説させていただきました。
トークンエコノミーによるマーケティングは、そのデザインによってプロジェクトの個性となり方向性を定める、様々な可能性を秘めたテーマです。
本記事がWeb3のプロジェクトを進めている方々、計画されている方々への有益な情報、そしてクリエイティビティのヒントとなれば幸いです。