巨大ファッション企業体「LVMH」に属するブランドのルイ・ヴィトンとディオール。世界的に有名なファッションブランドとして知られる両社が、独自の革新的なアプローチでNFTを販売しました。
ルイ・ヴィトンは「VIA Treasure Trunk」、ディオールはNFTスニーカー「B33」を相次いで発表しています。いずれも高価格で没入型体験を提供するという共通点があります。
高価格のNFTを活用して顧客・ブランドのファンとの間に強い絆を結ぼうという試みは、単なるグッズ提供の範囲を超えて「ファッションとアートの領域」を融合させようとする意欲的な方法と捉えられます。
本記事では、2つのブランドのNFTを紹介し、販売の意義はどこにあるのかを探求しつつNFTによる未来のファッション体験の可能性について解説していきます。
この記事の構成
ルイ・ヴィトン「VIA Treasure Trunk」をローンチ
ルイ・ヴィトンは2023年6月7日、NFT活用のデジタルコレクティブル「VIA Treasure Trunk」のローンチを発表しました。数百個の限定で日本円にして約580万円以上という高価格の設定で、業界に少なからぬ衝撃を与えました。
ルイ・ヴィトンはモエ・ヘネシーとの合併により「LVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン」というコングロマリットを形成しています。傘下にはディオールやジバンシーといった世界的ブランドを抱えます。
LVMHは新しいデジタルアセットの導入にも積極的で、すでにいくつもの成功事例がありますし、ルイ・ヴィトンは2021年にゲームアプリをローンチしています。このゲームアプリは良くあるNFTゲームのようで、実はその後の「VIA Treasure Trunk」のコンセプトを先取りしていたものでした。
2021年、ゲームアプリ「Louise:The Game」をローンチ
引用元:Youtube
ルイ・ヴィトンが2021年8月にリリースした「Louise:The Game」は、創業者の生誕200年を記念したプロジェクトです。
ゲームの内容は、ブランドのマスコットである「ヴィヴィアン」がフランスをバーチャル空間で旅をするというもので、ヴィトン自身が14歳のときに体験した旅行を模したものです。
プレイヤーはゲーム世界に点在している「モノグラム・キャンドル」を手に入れることが目的です。友人とスコアを競い合ったり、ヴィヴィアンの着せ替えをしたりして楽しむことができます。人気NFTアーティスト「Beeple」の作品を含む30個のNFTアートを集めることができます。
合計200個あるキャンドルは1個集めるごとにポストカードを獲得できます。ポストカードを使って「ブランドの技術面における知識」「ヴィトン家の歴史」「アーティストとの取り組み」「ファッションショーのハイライト」を見ることができます。
ゲームを通してルイ・ヴィトンというブランドの知識が蓄積され、愛着を深く持てるような仕組みになっています。ファンとブランドが「企業と顧客」を超えた関係性を構築すること。これがゲーム本来の目的です。こういったコンセプトは次のプロジェクト「VIA Treasure Trunk」に継承されます。
「VIA Treasure Trunk」とは
引用元:Twitter
ルイ・ヴィトンは2023年6月8日、NFTコレクティブル「VIA Treasure Trunk」のローンチを発表。公式サイトにアナウンスされ購入希望者はウェイティングリストに登録可能となりました。販売は抽選で、当選した人のみが買える仕組みです。
発表に際して用いられた画像はルイ・ヴィトンの伝統的なトランクがベースとなっており、「中身は何だろう」と期待をもたせるデザインです。NFTのユーティリティは限定商品や体験へのアクセスで、今後順次発表されるプライベートキーによってユーザーに届けられます。
ユーティリティなどの概要は以下の通りです。
- 「VIA Treasure Trunk」はルイ・ヴィトンが提供するNFT作品
- 数量は数百個に限定
- 価格は3万9000ユーロ(約580万円以上)
- 実際のリアルなトランクが付属する
- 購入者は1年を通して新作や限定品、特別な体験にアクセスできる
- NFTは個人間での譲渡不可
- 2023年6月8日から公式サイトでウェイトリスト登録が開始
- 登録対象:米国・カナダ・フランス・ドイツ・日本・オーストラリアの居住者
- 支払方法:AMEX、JCB、VISA、MASTERCARD|ApplePay
2023年7月18日、第一弾となるNFTユーティリティが発表されました。「Happy」など数多くのヒット曲を生み出している歌手ファレル・ウィリアムスがデザインしたバッグを購入できるというのがその内容です。
引用元:Twitter
他社NFTと一線を画する特徴
ルイ・ヴィトンのNFTコレクティブルの大きな特徴は、日本円にして580万円以上という高価格です。ブランドのファンであっても、この金額を迷いなく出費できる人は世界広しといえど数少ないでしょう。相当の富裕層か、ヴィトンが好きで好きでたまらないという人でもない限り、手を出せません。ヴィトン側も承知のうえでの価格設定でしょう。
さらに、抽選の際に暗号資産ウォレットを紐付けて参加することも可能でしたが、参加条件は「LVMHブランドのコレクションからのNFTを含む暗号資産を保有している」「他のラグジュアリーブランドやファッションブランドからのNFTを含む暗号資産を保有している」「NFTの価値が日本円で2700万円以上の資産を保有している」といった厳しいものでした。
一般的・庶民的には程遠く、社会的に高い地位にある人・資産家などを対象としていることは明らかです。
また、「VIA Treasure Trunk」はソウルバウンドトークンと呼ばれる種類のもので、他人に譲渡することができません。NFTというと、「販売直後の安いときに購入して価格が高騰したところで売却して利益を得るもの」という認識もまだ強く残っています。ソウルバウンドトークンとしての発表という事実からは、NFTを投機対象にしないというルイ・ヴィトンの強い決意がうかがえます。
- 一定以上の資産を持っている
- ルイ・ヴィトンに対する熱意を持ったファンである
- ブランドとのより強い結びつきを願っている
こういった人向けに特化したNFTといえます。
ディオール、NFT付属スニーカー「B33」をリリース
引用元:dior.com
ディオールは、ルイ・ヴィトンとともに世界最大のファッション企業体である「LVMH」の一員です。LVMHはジバンシィやセリーヌといった一流ファッションブランドを傘下に置く大企業で、近年web3領域へ著しく接近しています。
ディオールは2023年7月にNFTが付属するスニーカー「B33」をリリースしました。ルイ・ヴィトンの「トレジャートランク」と大きな意味でコンセプトを共有しています。
世界470足限定のスニーカー
ディオールは、公式オンラインストアで2023年7月6日から新作スニーカー「B33」を販売開始しました。価格は日本円で「16万5000円」と、スニーカーとしてはかなりの高額の設定です。
B33は、「クラシックなテニスシューズがベース」「ボリュームを感じさせるモダンなシルエット」などが特徴のスニーカーです。柔らかい質感のモヘアバージョン、「ディオールオブリーク」と呼ばれる定番商品などの3つの種類が用意されています。
「B33」はフィジタルスニーカーとして限定エディションとなっており、全世界でわずか470足しか販売されません。1足ごとにシリアルナンバーが刻印されています。
このスニーカーの右足ソールにはNFCチップが搭載されています。NFC技術を用いたデジタル暗号化キーを使うことによって以下のようなサービスを受けることができます。
- パーソナルプラットフォームを利用できる
- プラットフォーム上でシューズの正規品証明書にアクセスできる
- シューズの製造工程の詳細や最新スニーカーの販売情報にアクセスできる
デジタルツインにリンクしている
ディオールの新作スニーカー「B33」の大きな特徴のひとつが「デジタルツイン」機能が搭載されていることです。デジタルツインとは文字通り「デジタル上に自分の双子が存在する」ことを指します。
デジタルツインという概念はNASAのアポロ計画が起源で、現実空間とデジタル空間を対に扱うことです。現実空間にあるフィジカルな物体と同じものが仮想空間上にも存在しているというイメージです。
引用元:総務省
現実世界との双子をデジタル上に構築して、モニタリングやシミュレーションを行うのがデジタルツインの通常の役割です。工業製品の開発や管理などに応用されています。
「B33」を購入すると、物理的に存在する製品を譲渡不可能なNFTの形でバーチャル空間に再現できます。NFTの新規発行はイーサリアム上で行います。デジタルツインの所有者は、公式発表前にディオールの限定製品にアクセスできるといったサービスを受けることができます。
現実に存在するスニーカーの双子をサイバー空間に再現できるので、今後はメタバースでのユースケースが想定されていると考えられます。今後の展開は要注目です。
「VIA Treasure Trunk」「B33」に見られるLVMHのNFT戦略
引用元:louis-vuitton-via-treasure-trunk
「VIA Treasure Trunk」を販売しているルイ・ヴィトンと「B33」を販売しているディオールは同じLVMH社の傘下です。そのため、NFTへのアプローチにも共通点が見られます。
2社とも、web3参入にあたって単なるアクセサリーやファッションアイテム、グッズといった概念以上のものを提供しようとしています。デジタルテクノロジーを駆使して新しい体験を構築し、ユーザーとの関係をより深くしていこうという意志が感じられます。
2つのブランドがNFT展開するうえで具体的にどのような方針を採っているのか探ってみましょう。
あえて「NFT」と言わない
「VIA Treasure Trunk」でも「B33」でも「NFT」という言葉を使っていません。2社とも公式サイト上で「NFT」「web3」「クリプト」といった専門的な用語を避けている傾向が見て取れます。
「VIA Treasure Trunk」も「B33」もブロックチェーン技術を応用して提供されるものです。それにも関わらずブロックチェーンやNFTの世界で良く使われる用語は一切登場しません。
「VIA Treasure Trunk」は「new capsule of digital collectibles」と紹介されています。「デジタルコレクティブルの新しいカプセル」です。「B33」は「イーサリアムブロックチェーン上のユニークで安全なデジタル作品である独自のデジタルツインにリンクされている」と紹介されており、NFTとは一言も記述されていません。
このように、企業がweb3に参入するにあたって「あえてNFTと言わない」という傾向が今後強まるのではないかという予想があります。
引用元:ivs events
2023年6月28日から30日まで京都で開催されたクリプト関連のイベントの席上でも、「海外ではNFTが実体のあるものと掛け合わせる事例が増えている」と指摘されるとともに、「今後はNFTという言葉を使わずにNFTを採用するサービスが増えていく」と予想されています。
NFTが世界で話題になったきっかけは高額で取引されたことです。結果的に「NFTについては分からないけど高値で売れるもの」というイメージを持たれるようになってしまいました。確かにNFTは投資の対象にはなりますが、それ以上のインパクトを持つデジタルアセットであるはずです。
そのようななか、ルイ・ヴィトンもディオールもNFTを導入するにあたってクリプト用語を使わないという方針を採っています。「投機の対象ではなく、生活を豊かにするもの」「投資するのではなく参加するもの」というようにイメージを変えようとしていると推測できます。
NFTマーケットプレイス「tofu NFT」の運営にたずさわる中村昴平氏は京都のイベントで「NFTと言わずにNFTを活用するサービスの増加」を予想しています。
「当社はweb3に参入しNFTを採用する。ただしNFTとは言わない」が今後のトレンドになる可能性は充分に高いでしょう。
高価格
ルイ・ヴィトンのNFTコレクティブル「VIA Treasure Trunk」とディオール「B33」に共通する特徴として「価格が高い」ことが挙げられます。
- VIA Treasure Trunk:3万9000ユーロ(約580万円)
- B33:16万5000円
三菱UFJリサーチ&コンサルティング社の報告によると、NFTの平均価格は2020年の49.2ドルから2021年には807.5ドルに上昇しています。1ドル=130円とすると807.5ドルは10万4,975円ですので、2社のNFTの価格の高さが実感できるでしょう。
ハイブランドの提供するNFTには価格設定が高くなりがちという傾向があります。
- ティファニー「NFTiffs」:30ETH(1ETH=25万円の場合750万円)
- グッチ「KodaPendant」(Yuga Labsとのコラボ):450APE(約26万円)
- ドルチェ&ガッバーナ:9点オークションで総額約6億円
引用元:Twitter
NFTは将来的にメタバース空間での利用が拡大することが推測されています。若年層はすでに「テレビは見ないがネットやゲームには積極的」という傾向があり、こうした世代にリーチするためにはメタバース内でもマーケティングする必要があります。メタバース内のアバターが自社ブランドを身に着けていれば効果的なブランディングになります。
ルイ・ヴィトンとディオールは、NFTプロジェクトとのコラボでもなく、オークションでもない場面で「あえての高価格」という方針を採っています。「NFTやメタバースなどに抵抗感がない」のは主に若年層と推測されますが、若い人向けだからといって価格を下げることはしていません。NFTにおいても自分たちはラグジュアリーブランドであり続けるという確固とした意志が感じられます。
新しいブランド体験の提供
ファッション関連の記事では、ハイブランドとデジタルマーケティングとのマッチングは良くないという意見が散見されます。
というのも、ハイブランドは「職人がひとつずつ手作りする」「先進的なデザイン」などの他に「店舗での顧客体験」という希少性によって地位を保ってきたからです。ハイブランドは高価格の商品を買う顧客に対して店舗での素晴らしいサービスを提供してきました。
デジタルマーケティングでは集客から販売まで場所にも時間にも縛られずに行える点がメリットです。ところが、店舗での顧客体験をデジタルで販売することはできません。
ルイ・ヴィトンが採ったデジタル戦略は、「顧客体験に新しい価値を提供する」というものです。
ルイ・ヴィトンが提供したゲームは同社の歴史を学べるというものでした。ヴィトンのファンにより強い愛着をブランドに感じてほしいという願いが込められています。
また、「VIA Treasure Trunk」はヴィトンの伝統的なトランクをビジュアルとして採用し、「1年を通して新作や限定品、特別な体験にアクセスできる」権利を提供します。
数百個限定で、世界6カ国の居住者のみに提供される高価格なNFTです。「ルイ・ヴィトンが好きだ」「何が出てくるか楽しみだ」という人だけを対象としています。購入者は今までに感じたことがない期待感を持っているでしょう。
引用元:Twitter
ユーティリティ第一弾直後、「ファレル・ウィリアムスのバッグは非常にコレクタブルなバッグになるだろう」と推測しているツイートです。
店舗での顧客サービスがない代わりに、NFTならではの新しいブランド体験を提供するというのがルイ・ヴィトンの方針です。強い自信と自社ブランドに対する自負心が見て取れます。
まとめ
巨大ファッション企業体「LVMH」に属するブランドのルイ・ヴィトンとディオールが、NFT事業に参加するうえで独自のアプローチで取り組んでいることを紹介しました。最後にこの記事をまとめます。
- ルイ・ヴィトンは数百個限定で約580万円という高価格のデジタルコレクティブル「VIA Treasure Trunk」をローンチした
- 「VIA Treasure Trunk」購入者は特別な体験にアクセスできるが、譲渡不可のソウルバウンドトークンである
- ディオールは16万5000円という限定スニーカー「B33」をローンチした
- 「B33」にはデジタルツイン機能が搭載されており、メタバース空間でのユースケースが想定される
- 「VIA Treasure Trunk」も「B33」もNFT参入に際して「あえてNFTという言葉を使わない」「高価格」「新しいブランド体験の提供」という共通点がある
- 今後、企業はweb3参入でNFTという言葉を使わない方針がトレンドになる可能性がある
両社が今後、リリースしたNFTによってどのような体験をユーザーに提供していくのかが注目されます。