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PayPal社のステーブルコイン「PYUSD」が抱える問題

解説系記事

従来ステーブルコインの用途は、分散型取引所のDeFiや海外取引所が中心でしたが、最近では暗号資産(仮想通貨)関連サービス以外にも広がりを見せています。

2021年11月に百貨店の松屋銀座で日本円のステーブルコインJPYCが代理購入(JPYC社に支払い松屋銀座で商品を受け取る)の形で導入されました。また、2022年11月からはAppleの決済サービスApple PayでUSDCを用いて決済できます。

そうした状況の中、2023年8月にオンライン決済・送金代行サービス大手のPayPal社がステーブルコイン「PYUSD」をリリースしました。PYUSDはPayPalのサービスと親和性が高く、伝統的な金融事業を行う会社が参入することで話題になりましたが、リリースから4ヶ月が経った今も苦戦が続いています。

本記事では、PayPal社のステーブルコインであるPYUSDの概要や特徴、普及を阻害している問題点などをまとめました。他に先駆けて暗号資産業界へ参入したPayPal社のステーブルコインが現在どのような状況にあるか、ぜひ参考にしてみてください。

PayPal社のステーブルコイン「PYUSD」の基本情報

PayPalのステーブルコインであるPYUSDは、イーサリアムのブロックチェーン上で発行されるERC-20規格のトークンです。発行にはブロックチェーン関連企業のPaxosが携わっていて、PYUSDには「準備金の管理や、発行に関わるすべての活動を監督する規制当局が存在する」と述べています。

PYUSDの価値はUSDCやUSDTと同様に、米国の国債や米ドルによって担保される仕組みです。Paxos社の戦略責任者であるWalter Hessert氏は、PYUSDは監査当局による規制によって保護されていることを強調しています。

ここでは、PYUSDの時価総額や購入方法などをまとめていきます。

時価総額

2023年12月13日現在、PYUSDの時価総額は「230億1,400万円(約1億5,800万ドル)」で、暗号資産全体のランキングでは254位です。まだ発行から4ヶ月ほどしか月日が経っていないこともありますが、競合のUSDT(時価総額:約13兆円)やUSDC(時価総額:約3.5兆円)とは大きな差があり、草コインといえる順位に位置しています。

時価総額のグラフを見ると、段差状で右肩上がりになっており計画的に発行されていることがわかります。

取り扱いのある取引所

PYUSDは、主に以下の海外取引所やDeFiで取り扱いがあります。

◆海外取引所
コインベース
クラーケン
クーコイン
バイビット
ビットゲット

◆DeFi
ユニスワップ
カーブ

現時点で、国内取引所での取り扱いはありません。

購入方法

PYUSDは以下から購入する方法があります。

・海外取引所やDeFi
・PayPalの公式アプリ(一部の米国のユーザーのみ)

海外取引所やDeFiの場合は、取引プラットフォームに暗号資産を送金してPYUSDを購入します。

また、PayPalの公式アプリでは、銀行口座からの送金やクレジットカードを用いて購入できますが、現時点では一部の米国のユーザーにのみ限られます。そのため、海外取引所やDeFiで購入するのが一般的です。

PayPal社の特徴

ここでは、PYUSDを発行・管理するPayPal社の特徴を紹介していきます。

・世界最大のオンライン決済・送金代行サービスを提供
・クレジットカード決済や銀行口座からの支払いにも対応
・不具合やアカウントの凍結も報告

それぞれ詳しく解説していきます。

世界最大のオンライン決済・送金代行サービスを提供

PayPalはPayPal社が提供するオンラインの決済・送金代行サービスで、決済手段を持っていない個人事業主や企業が手軽に導入できます。競合の決済・送金サービスにはStripeやwiseなどがありますが、それらを抑えて決済額で圧倒的なトップに立っています。

PayPal社は1998年にイーロン・マスク氏とピーター・ティール氏が共同で設立した会社です。イーロン・マスク氏はX(旧Twitter)を通じて暗号資産に肯定的な発信を行う人物として知られていますが、2002年に株を売却しており、PYUSDの発行とは直接関係はないとされています。

PayPalは、もともと暗号資産とは直接関係のない事業を行っていました。今回PayPal社がPYUSDをリリースして暗号資産事業に参入したことで、業界内外で大きな話題を集めています。

クレジットカード決済や銀行口座からの支払いにも対応

PayPalでアカウントを作ると、マイウォレットと呼ばれる財布が作られ、オンラインサービスでの支払いや受け取りができるようになります。PayPalはクレジットカードや銀行口座に紐づいたオンライン上の財布と理解しておけばいいでしょう。

アカウントを持っている同士であれば、受取人の名前、PayPalユーザー名、メールアドレスや電話番号の入力や、QRコードを読み取るだけで簡単に送金できます。オンライン上の手続きで簡単に導入できるため、個人事業主によるインターネットでの売買やオンライン講義、企業が運営するオンラインショップやサービスの決済など、さまざまなシーンで利用されています。

不具合やアカウントの凍結も報告

PayPalは世界最大の決済・送金代行サービスですが、システム上の不具合も多く報告されています。主には、サイトアップデートによる決済機能の停止、誤って銀行口座への引き出しが行われた不具合が挙げられます。

また突如としてアカウントが凍結された報告も多いです。凍結されると基本的にアカウントは半永久的に使えなくなり、口座に入った資金も動かせなくなります。凍結後は追加の書類を提出することで180日間後に引き出しできますが、中にはそのまま没収されたケースもあるようです。

PayPal社は公式ページにアカウントが制限される理由を記載していますが、中には「アカウント登録時の事業内容と異なる内容になっていた場合」「売上が急増した場合」など、判断基準が曖昧なものも多いです。こうした凍結のリスクを恐れて、StripeやSquareなどの競合サービスを使う人も増えています。

PayPal社のステーブルコイン「PYUSD」の特徴と懸念点

ここでは、PYUSDの特徴と懸念点を紹介していきます。

  • PayPal社が発行・管理を行う中央集権的なステーブルコイン
  • 米ドルや米国債などを担保とする
  • 外部ウォレットに手数料無料で送金可能
  • アカウント凍結への懸念
  • ペッグが外れることへの懸念
  • リリース当初は苦戦も2023年10月に取引高が急増

それぞれ詳しく解説していきます。

PayPal社が発行・管理を行う中央集権的なステーブルコイン

PYUSDはPaxos社によって発行され、PayPal社が管理を行う中央集権的なステーブルコインです。プログラムにより自動で発行される、管理者のいない分散的な仕組みではありません。

ここ2〜3年の間では、テラの崩壊やテザーやバイナンスドルのペッグ外れなどの出来事があり、ステーブルコインに対する不信感が強まりつつあります。そうした状況の中、2023年9月にPaxos社は透明性レポートを公表しました。レポートには担保となる資産総額は「PYUSDの残高を満たすか、それを超える状態」で、安全であることが記されています。

米国債や米ドル預金などを担保とする

法定通貨とペッグされるステーブルコインには、価値を維持するために必ず担保となるものが必要です。Paxos社が2023年9月に公表した透明性レポートには以下が担保として記載されています。

  • リバースレポ取引(97%)
  • 保険付き金融機関への預金(3%)

リバースレポ取引とは、借手側が債券を担保に差し出して資金を借り入れる貸借取引のことです。Paxos社は「私たちのリバースレポ取引は、信頼のおける金融機関との取引で米国債によって過剰担保されている」と述べ、「もし金融機関がデフォルトした場合、Paxos社は米国債の担保を清算して全額補填できる」と安全性が高いことを強調しています。

外部ウォレットに手数料無料で送金可能

PYUSDは、PayPal社の傘下子会社が提供するウォレット「Venmo」に、手数料無料で送金できます。Venmoとは米国内における個人間でのお金のやり取りに特化していて、若者を中心に利用されているアプリです。2023年2月時点では7,800万人以上のユーザーがいます。

VenmoでのPYUSDの利用は、2023年9月に一部のユーザーを対象に開始されました。Venmoへは手数料無料で送金できますが、出金する時はイーサリアムのネットワーク使用料としてガス代を支払う必要があります。

アカウント凍結への懸念

PYUSDはPayPal社の中央集権的な仕組みを採用していることに加え、PayPalのアカウント凍結の恐れがあります。中央集権的な仕組みとアカウント凍結によって、突然資金が没収される可能性が起こることは、ユーザーにとって最大のリスクになるでしょう。

PayPalのアカウントが停止されると、多くの場合で追加の書類を提出して180日後に口座資金を受け取る手続きに進むことになります。しかし、PYUSDに対しての対応は不明です。PayPalの過去の歴史や対応を考えると、購入に踏み切れないユーザーも多いと予想できます。

ペッグが外れることへの懸念

執筆時点の2023年12月13日21時半現在、海外取引所のクラーケンでは、ドル円の公式レート「1ドル=145.63円」のところ「1PYUSD=145.72円」でした。差は「0.11円」と大きくはありませんでしたが、過去の値動きでは公式レートと大きく乖離したこともあります。

また、同時刻で他の取引所との間で比較した場合にも、大きな開きを確認できました。

ペッグが外れる理由としては、時価総額が小さく取引量も少ないことが考えられます。現時点では、法定通貨と同様に考えることは難しい状況といえるでしょう。

リリース当初は苦戦も2023年10月に取引高が急増

アカウント凍結への懸念と中央集権的な仕組みを採用していたため、当初から暗号資産業界での評価は高くありませんでした。リリース当初の時価総額「63億円(約4,300万ドル)」は今の3分の1以下の数字であり、慎重に始めたことがわかります。

その後、10月に入り約1ヶ月の間でトランザクションの数が180件から8,307件、保有するアドレスの数は924から1,438に増加しました。保有の割合としては、暗号資産関連企業のCrypto.comが69.72%の1位で、続いてPYUSDの開発を行うPaxos、取引所のクラーケンと続きます。

しかし、全体を見ると上位100位が供給量の99.95%を所有しています。集中が顕著であり、一般的なPayPalユーザーに対しての流通量はかなり少ない状況です。

まとめ

PYUSDはリリース時から苦戦し、現時点でも時価総額254位と高いとはいえない順位にいます。今後の普及のためには、まずはPayPalの一般的ユーザーの保有アドレスを増やすことが重要となるでしょう。

PayPal社のような伝統的な金融事業を行う会社が暗号資産市場へ参入ということで、他の企業も追随する形になるとも予想されていました。しかし、導入がうまくいっていないこともあり、リリースから4ヶ月経った今もPayPal社の動きを受けて競合が参入を表明した、などの目立った動きはありません。

法整備が進みSECによる規制も強まる中、PayPal社がどのような戦略でユーザー数を増やしていくかに注目していきましょう。

S.G

SG

月間100万PV超えの投資情報サイトや、ニュースサイトなど、暗号資産に関する記事を数多く執筆するフリーランスのライター。自身も2016年から暗号資産投資を行なっており、日進月歩の進化を遂げる暗号資産業界を常に追ってきた。ライター歴は3年で「文章で読者をワクワクさせ、行動に移させる」をモットーに執筆を行う。東南アジア在住、海外留学の経験があり、英語の翻訳記事も得意にしている。
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