Binanceの創業者、CZ(Changpeng Zhao)氏が米国のAML違反を認めてBinanceのCEOを辞任しました。Binanceは43億ドルもの罰金を支払い、米国からの完全撤退を決定しています。
本記事ではBinanceの規制当局との関係や経緯、米国のWeb3戦略について解説をします。
この記事の構成
Binanceと各国の規制当局
世界最大の暗号資産取引所であるBinanceは、2017年創業当初より米国を含む世界各国のユーザーに向けて、サービスを提供し続けてきました。しかし、AMLやCFTへの対応が重要性を増す中、Binanceのサービス提供を制限する国や地域が顕著になってきました。
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Binanceの影響力
2023年12月時点において、Binanceは世界最大の暗号資産取引所です。1日の取引量は2兆円を超え、1週間のアクティブユーザーは1千万人以上です。世界第2位の暗号資産取引所「Coinbase」の取引量/日が4千億円程度なのに比べると、Binanceがいかに巨大かを知ることができます。
Binanceは南アメリカ、アジア太平洋地域、欧州、アフリカや中東など様々な国や地域でサービスを提供しています。取扱い銘柄も多く、世界中のユーザーが利用しています。
一方で、運営拠点については不明確な点があります。規制や税金を逃れるための試みであるという疑いもかけられており、Binanceの健全な企業成長にとってマイナス要素といえます。
参照:CoinMarketCap「トップ暗号資産スポット取引所」
Binanceの本拠点は?
Binanceの本拠点は不明確です※1。これは国の規制に合わせて、拠点を頻繁に移していることが主な理由といわれています。創業当初は中国、その後に規制を逃れて日本や台湾、シンガポールなどに拠点を移しています。さらに租税回避地のケイマン諸島やマルタ共和国などへも移ったという情報もあります。他にもパリや中東のドバイを主な拠点としているという見方もあります。
通常、グローバル企業であれば本社がある国や地域は明確です。各国当局はBinanceの拠点情報が曖昧なところも問題視しています。
※1 Binance USやBinance JapanなどはBinanceと運営元が異なる別事業者です。明確な拠点があります。
参考:金融庁「無登録で暗号資産交換業を行う者について(Binance Holdings Limited)」
参考:CoinDesk「Binance Doesn’t Have a Headquarters Because Bitcoin Doesn’t, Says CEO」
参考:マルタ金融サービス庁(MFSA)「Public Statement」
罰金は43億ドル~Binanceと米国当局の和解~
Binanceと米国当局との対立、係争は大きな注目を集めてきました。2018年の米国司法省の調査から2023年の罰金支払い、和解までをまとめて解説します。
米国司法当局の対応(2019年~)
米国司法省は2018年からAMLや証券法違反などの疑いでBinanceへの調査を開始します。Binanceは商品先物取引委員会(CFTC)への事業者登録をしていませんでした。米国居住者の暗号資産をデリバティブトレードする場合はCFTCへの登録が必要となります。
一方で、BinanceやCZ氏からは「Binanceではデリバティブトレードサービスを提供していない」という主張がされています。この主張は2023年の裁判での争点となりました。
米国証券取引委員会の捜査(2020年~)
米証券取引委員会(SEC)も2020年からBinanceの調査を開始します。これは2023年に公開された裁判所提出書類によって判明した情報です。
SECの主張は「Binanceは証券とみられるトークンをトレードしている」というものでした。この主張にもとづくと、Binanceには証券取引法に基づいて事業者登録義務が生じることになります。
内国歳入庁からの調査(2021年~)
2021年5月にBinanceは米国の内国歳入庁から捜査を受けていることを発表します。捜査内容は明らかにされませんでしたが、Binance側はAMLとシステム保全などの対応を表明しました。
2021年は暗号資産市場の主要銘柄であるBTCが史上最高値(約6万7千ドル)に達したこともあり、Binanceの経営は順調でした。
一方、世界に目を向けるとイギリスやドイツ、イタリアなどの当局はBinanceに対する規制を強めています。日本でも2018年に続き、金融庁から2回目の警告が発せられました。
各国での営業継続(2022年~)
2022年は巨額の暗号資産盗難や大手CEXの倒産、BTCの値下がりなどがあり、Web3にとっては試練の年でした。Chainalysis※2の公開したデータによると、2022年に暗号資産を用いた不正取引合計額が201億ドルを突破したとされています。これは2021年と比べ約11%の増加となっています。
Binanceは依然として世界最大の暗号資産取引所として、世界各地でサービスを提供していました。Binanceは国や地域で事業所許可を得る企業努力を進め、フランスやイタリアなどでは規制当局から認可を受けています。
一方で、Binanceへの規制を強めている国々もありました。米国ではSECが正式にBinanceへの調査を開始しています。カナダのオンタリオ州では、ユーザーの新規口座開設と既存口座の取引を停止させています。オランダ当局はBinanceが不正に金融取引を行ったという理由で330万ユーロの罰金を課しています。
※2 Chainalysisは米国のデータ分析会社です。ブロックチェーン解析サービスを提供しています。
訴訟と和解、米国からの完全撤退へ(2023年~)
2023年はBinanceにとってさらに厳しい年となります。3月にCFTCはデリバティブ規則違反でBinanceに対して訴訟を起こし、6月にはSECから証券法違反容疑で訴えられます。CZ氏は有罪を認め、約43億ドル※3の和解金を支払うことで合意しました。CZ氏はCEOを辞任し、Binance※4は米国から完全撤退することになります。
※3 FinCEN(金融犯罪捜査網)に対して34億ドル、OFAC(米国財務省外国資産管理室)に対して9億6800万ドル。
※4 Binance.USはBAM Trading Servicesが運営する米国登録事業者です。Binance撤退後も営業を続けます。
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係争と和解の影響
世界最大の暗号資産取引所が直面した係争とその結果(罰金と米国撤退)はBinanceの経営と暗号資産市場にどのような影響をもたらしたのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
資金引出による経営リスク
FTX倒産の際、主な要因はユーザーの資金引出によるショートでした。Binanceと米当局との係争時にも数十億ドル規模の資金引出が発生しました。しかし、Binanceは過剰担保を採用しており、仮に全て資金が引き出されてもサービス提供は継続できます。また、資金流出と同時に、数十億ドル程度の資金流入もあったことから、経営リスクが生じたとはいえません。
主要銘柄売却による市場リスク
Binanceと当局との係争は少なからずBTCやETHなどの主要銘柄とネイティブトークンであるBNBに影響を及ぼしてきました。
2023年の6月、SECから証券法違反容疑がかけられた際は、BNBが一週間で15%程度の下落をしています。一方で、11月末に和解が報じられた際は一日で7%程度の上昇をみせました。12月に入り、主要銘柄も軒並み安定した上昇トレンドをみせており、暗号資産市場のリスクは高まってはいません。
暗号資産自体に対する不安は?
米国をはじめ、各国当局によるBinanceなどへの対応はAMLに対する正当な取り組みです。今回のBinanceやCZ氏に対する訴訟と罰金はインパクトこそありましたが、暗号資産自体の信頼を脅かすものではありません。
CBDCや国際送金、マイクロファイナンスにおいてDLT(分散型台帳技術)の果たす役割は大きいといえます。DLTを用いた金融改革を進めるには、金融関連企業や中央銀行が暗号資産に積極的に関与できるよう、国や地域にあったルール作りが大切です。
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CZ氏の立場と動向
CZ氏のWeb3、暗号資産市場への貢献は非常に大きなものでした。CZ氏の置かれている立場と動向について解説します。
CZ氏への訴訟内容は?罰金は?
CZ氏は個人としても、銀行秘密法違反で訴えられました。すでに5,000万ドル※5の罰金を支払うことに合意しています。罪状の判決は2024年2月に出る予定です。2023年12月時点でCZ氏は1億7,500万ドルの保釈金を支払い、収監はされていません。判決結果によっては、最長で18ヶ月の懲役が下される可能性もあります。
この事態はCEX経営に携わる経営者や幹部にとって他人事ではありません。より一層、AMLやCFTへの取り組みを進めていく必要があります。KYCの設定が曖昧な取引所は淘汰され、CEX経営の健全化が期待できます。
※5 減額される可能性もあります。
CZ氏の後任は?
CZ氏の後任はRichard Teng氏です。Richard Teng氏はシンガポール出身で、MAS(シンガポール金融管理局)の企業財務部長兼SGX(シンガポール取引所)の最高規制責任者に就いたキャリアがあります。Binanceに入ってからは、シンガポール法人のCEOとしても活躍しました。
新生BinanceはRichard Teng氏のリーダーシップの下、財務とセキュリティの向上、安全性の確保に重点を置く方針を立てています。AML対策はもちろん、各国の規制をしっかりと守り、コンプライアンス重視の経営を目指すことを表明しています。Binanceの新たな取り組みはグローバル展開を図るCEXにとって注目すべきものです。
CZ氏のこれから
CZ氏はまず米国における訴訟判決を待つ必要があります。その結果によっては自由なビジネスが制限される可能性もあります。しかし、CZ氏は新たなビジネスをすぐに立ち上げる気はないようです。まずは「休む」ことをSNSで発信しています。
CZ氏は興味ある分野としてブロックチェーン、Web3、DeFi、AI、バイオテクノロジーを挙げており、関連する企業への投資の意思があることも表明しています。まだ46歳という年齢もあり、様々な分野での活躍が期待されます。
米国のWeb3戦略
Binanceの運営に重要な影響を及ぼしてきたのは米国の規制です。米国のユーザー数が多いからではなく、米国の規制がグローバルスタンダードになり得るというのが大きな理由です。米国はWeb3を規制する一方なのでしょうか。それとも、Web3を取り入れる過渡期にあるがゆえに、ルール作りを進めているだけなのでしょうか。ここでは米国のWeb3戦略を解説します。
米国としてのWeb3戦略はない?
日本ではWeb3戦略について経団連が提言したり、デジタル庁が研究会を立ち上げたりと積極的なのに対し、米国では国としてWeb3戦略の議論はなされていません。一方で、州ごとに規制や改革は進んでいます。ワイオミング州はブロックチェーンに関する法律を整備し、DAOの設立をサポートしています。他にもテキサス州やカルフォルニア州、フロリダ州などは暗号資産に関して肯定的な政策を進めています。
米ドル覇権とWeb3
米国がWeb3、特に暗号資産に肯定的ではないといわれる理由は米ドルが覇権的な地位にあるからだといわれています。米ドルは世界的な決済通貨です。米国だけでなく、経済規模の小さな国では法定通貨としても機能します。米国は金融政策を調整するだけで、世界経済に大きな影響を及ぼすことができます。
Web3ではDLTによって国に影響されない金融決済を実現させます。この観点から、暗号資産が現在の米ドル覇権を崩す可能性があるとの見方になるのかもしれません。一方で、CBDCで米ドル覇権を保持しつつ、DLTを利用する試みも進められています。
CBDCがWeb3戦略のカギ?
米国では2022年からDLTを活用した米ドル版CBDC「デジタルドル」構想に取り組んでいます。米国連邦準備制度理事会(FRB)もCBDCに関して、利点や欠点、他国の事例などをまとめたレポートを発表しました。米国のWeb3戦略はデジタルドルの成否によって大きな影響を受けることが考えられます。
2022年3月にはバイデン大統領が暗号資産に関する大統領令に署名し、CBDC発行への動きを加速させました。トランプ前大統領が暗号資産に否定的な意見を持っていたのに対して、バイデン政権の動きは対照的です。
関連記事:「CBDCを導入している国は?国家主導の暗号資産が果たす役割」
まとめ
Binanceの米国での係争は米国からの完全撤退と罰金の支払いで一区切りついたといえます。Binanceを含む各国のCEXは、よりセキュリティとコンプライアンス対策を強化し、それぞれの国や地域での責任を果たしていく必要があります。このような取り組みはユーザー保護やWeb3の発展のために非常に重要です。
以上、Binanceの規制当局との関係や経緯、米国のWeb3戦略について解説をしました。本記事が暗号資産やWeb3の未来を読み解くインサイトとなれば幸いです。