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ポルシェNFTへの冷ややかな市場反応に学ぶ企業のweb3参入の教訓

解説系記事

2023年1月、ポルシェはブロックチェーンテクノロジーを活用したNFTの販売を開始しました。自社の人気車種である「911」をモチーフにしたNFTコレクションで、ポルシェの伝統や技術を反映したデザインで注目を集めていました。

しかし、発行から数か月以上が経過しても市場からはあまり好意的な反応が得られていません。「価格設定が強気すぎる」「コミュニティをおろそかにしているweb2的な運営方針」などの批判も相次いでいます。NFTコレクションは低調な売れ行きで、発行直後に「ミントの停止」が発表されました。

これは、web3に参入する上では「充分なリサーチ」「有意義な形での取り込み」が重要であることにポルシェが自覚的でなかったことを示唆するものと言えます。

本記事では、ポルシェのNFT販売がどのような背景で行われたのか、そしてなぜ市場からの反応が冷ややかだったのかについて解説していきます。また、企業がweb3に参入する際に直面する可能性のある課題や、それを克服するための戦略についても考察していきます。

ポルシェのNFT「911」の概要

引用元:NFT Porsche

2022年から世界的なブームを迎えたNFTですが、同年の終盤には早くも「クリプトの冬」と言われるほどに市場は沈静化してしまいました。

とはいえ、欧米の大手企業はNFT・web3領域への取り組みを着実に進めており、ナイキやBMWといった世界企業がメタバース参入を見据えた動きを見せています。

そのようななか、ドイツの高級車メーカーがNFTコレクションを投入すると発表しました。

2022年11月29日にNFT発行を発表

高級車のメーカーとして世界的に知られるポルシェは2022年11月29日、来年1月にNFTを発売する計画を発表しました。翌日にはマイアミでのイベントでプロジェクトの予告を公開し、web3領域への参入をアピールしています。

NFT化されるのは人気モデル「ポルシェ911」で、伝統的なスポーツカーでありポルシェの代名詞ともいえる象徴的な存在です。NFTコレクションでは、911のデザインやエンジンの構造、レーシングシーンなど、911の伝統や技術を反映したものになることも併せて発表されました。

ポルシェが発表したコレクションはNFT市場で高い関心を集めました。NFT制作を担うのはドイツ・ハンブルグに拠点を置くデジタルスタジオ「ALT/SHIFT」社で、従来のデザインの手法を現代的なテクノロジーと結びつけた作品で知られています。ALT/SHIFTはアディダスやアウディ、クアンタムなど世界的なクライアントを獲得しており、ポルシェ911のデザインに対する期待感も高まっていました。

7500個のコレクションを展開

引用元:Twitter

ポルシェはマイアミでのNFT投入の発表直後、Twitterアカウントも開設しています。「ポルシェ911は時代を超えたアイコン」「web3でポルシェの未来をともに創っていきましょう」と呼びかけています。

伝説の名車「911」をデザインに使用したNFTは「7500枚」発行されると報告しています。

また、ポルシェ911のNFT保有者は「unreal Engin 5」で作成された仮想世界のコレクターズアイテムにアクセスできるとも発表。2023年1月からコレクションにアクセスすることができ、事前登録も可能ながら「購入は1名につき3点まで」と説明されています。

ポルシェは発表のなかで「デジタルアートはポルシェのweb3戦略の1つの側面にすぎず、ブロックチェーン技術の可能性を将来のソリューションに統合するための取り組みも始めている」と説明しています。

ユーザーに提供される特典

ポルシェがNFTプロジェクトで提供する購入者特典も豪華なものでした。

  • NFTホルダーに「ポルシェの舞台裏」にアクセスする権利
  • ディスコードを活用し、NFTホルダーとweb3でポルシェの未来をともに創り出す。
  • 「物理的なアイテム」を含むカプセルコレクションの限定品
  • ホルダーが所有する「仮想ポルシェ911」を真のレアモデルに進化させる
  • レアモデルNFTにはアーティストによる希少な特徴が付与される
  • 特別な「ポルシェ体験」に参加できる機会を提供
  • 限定イベントや世界各地でのサーキット体験、ポルシェ本拠地への特別なツアー

世界中にファンがいる911モデルの、さらにコアなファン向けの特典と言えます。「コア層向けの特別な体験を提供するサービス」は2023年現在では定番の手法で、より強い愛着を企業や製品に対して持ってもらうために有効とされています。

ポルシェNFT「911」への市場の冷ややかな反応

引用元:Twitter

2023年1月23日、満を持してポルシェNFTが発売されます。ところが、NFT市場は極めて冷ややかな反応を示しました。

特に批判を浴びたのは強気の価格設定です。期待されたプロジェクトでしたが、話題は激しくネガティブな方向に変化してしまいました。

ここから、ポルシェNFTにどのような批判が向けられたのかを解説します。

強気の価格設定とミント割れ

ポルシェNFTは「911」という伝説の名車をNFT化したもので、実績のあるスタジオがデザインを手掛け、充実した特典も揃っていましたが、価格設定から垣間見えるポルシェ社の勘違いが大きな批判を浴びました。

新規発行(ミント)に先立つ1月20日、ポルシェ社はNFTを「1枚0.91ETH」で販売すると発表しました。その時点で約1,475ドルです。1ドル=130円で換算すると19万1750円。約20万円です。

この価格を安いと感じるか高いと感じるかは個人差はあるでしょう。ただ、NFTユーザーたちからすると、はっきりと「高い」「強気」の価格設定です。

NFTビジネスにに参入している自動車メーカーは世界的には珍しいというのが現状ですが、たとえばフェラーリは「半永久的に利用可能なNFTカーシェア会員権」を日本円で5万円で発行しました。現在、「フェラーリ458スパイダー」の会員権は41万円まで上昇しています。

引用元:haneuma.info

一方、ポルシェNFTは様々なユーティリティが用意されているとはいえ、フェラーリのように「半永久的にカーシェアできる」ほどの強さはありません。

ポルシェNFTの「1枚0.91ETH」という価格設定に対しては、NFTコレクターたちは「音痴」「無知」「現金強奪」などの強い表現で批判しました。

ミント開始の直後から一次販売の動きが鈍くなり、二次市場では「ミント価格よりも安く転売される」事態に発展しました。ミント価格割れといのは、新規プロジェクトとしては致命的です。人気のプロジェクトなら「ミント直後に売り切れ」というのが通常のNFT市場の反応で、二次販売は少なくとも「ミント価格割れ」にはなりません。

ポルシェNFTは「7500枚」が発行されるはずでしたが、ミント開始から24時間でおおよそ「1500枚」しか売れなかったと報告されています。

引用元:Twitter

1月25日、用意したNFTが余った状態、いわゆる「ミント割れ」のまま、ポルシェはミントの停止を発表しました。これは「敗北宣言」と受け止められても仕方ないと言えるでしょう。

web3への理解が足りないと批判を浴びる

ポルシェ社には「web3への理解が足りない」という批判が寄せられています。今のNFT市場やコレクターの状況を良くリサーチしないままweb3参入を計画したとして、同社の姿勢に疑問を投げかける意見はインターネット上に多く見受けられます。

引用元:Twitter

「DebbieSoon.eth」氏はNFTコレクションのファウンダーであり、多くのアーティストとNFTの発行を手掛けている有名アカウントです。

同氏のツイッターは「web2企業がweb3に参入しようとしている」として、「ポルシェのようなNFT発行を避けるため」以下のようなことが必要であると述べています。

  • 価格と供給サイズを適切に
  • 自社のweb2ファンをweb3に引き込む
  • web3コレクターを自社ブランドに集めようとするな
  • コミュニティの構築に2ヶ月以上かけること
  • コミュニケーションしよう

ポルシェNFTは「1枚0.91ETH」と強気すぎる設定でしたし、「7500枚」も多すぎたのかもしれません。フェラーリの「NFTカーシェア会員権」は10枚程度から始めています。

また、ポルシェのファン層は「中心となる企業がいて、ユーザーである自分が製品を購入する」という従来的な購買スタイルの人たちです。そういったファンをweb3の世界に引き込むための施策は充分ではなかったのかもしれません。

ポルシェNFTに対する批判は、すでに価格の発表から相次いでいました。「高すぎる」「現金強奪」などの批判も構わずにミントを強行した点も、悪印象を与えた可能性が高いと言えます。

新規発行の停止でかえって価格が上昇

当初の計画では「7500枚のNFT」「1枚0.91ETH」で販売する予定でしたが、価格発表直後から批判が高まっていました。あえてミントを強行したものの、価格の下落を招いてミントを停止しています。ポルシェは1月24日には発行を停止すると発表し、結果的にNFTは2363枚発行されました。ところが、発行枚数が制限されたため希少価値が生じ、価格の上昇を招いています。

「供給量が少ないためにかえって二次流通価格が上昇する」というのは、コレクター向けの商品・製品では良く発生することです。切手や硬貨、紙幣などでも発生しますし、最近ではスニーカーやスポーツウェアなどでも二次流通価格が上昇することは多く見受けられます。

大手NFTマーケットプレイス「Open Sea」では2023年5月3日現在、ポルシェ911をモチーフにしたNFTは以下のように取引されています。

引用元:Open Sea

  • 総取引高:10,364ETH
  • 最低価格:1.189ETH
  • オーナー数:1,422人

1ETHを24万円とすると総取引高は24億円にもなるので「なかなかの成功」です。とはいえ、ポルシェにとっては歓迎すべき事態かというと疑問です。

ポルシェNFT「911」の苦戦から読み取れる教訓

ポルシェのNFTプロジェクトは開始直後から苦戦し、ツイッターには批判が相次ぎました。その後のミント停止は、企業がどのようにweb3戦略に取り組むべきかという教訓にもなるでしょう。

ポルシェNFTプロジェクトは価格設定の発表直後から、NFTクリエイターやファウンダー、コレクターの不満がツイッターで寄せられていました。典型的なツイートを紹介しながら、ポルシェはどうすべきだったのか考察します。

ブランド力頼みのNFTは敬遠されがち

引用元:Twitter

camol氏は「Pixlverse」というコレクションを運営するNFTの専門家です。同氏のツイートには「ポルシェは大規模なブランドが充分な準備なしにweb3に参入してコミュニティから利益を引き出そうとしている典型的事例」「マーケティングをほとんど行わず、ブランド力だけで成功しようとした」と書かれています。

2021年から2022年にかけて、NFTは社会的認知を得て盛り上がりを見せました。多くのブランドがNFTプロジェクトやメタバースに取り組み、web3への参入に意欲的になりました。

とはいえ、そういった取り組みのすべてがNFTを「デジタル世代の消費者を獲得する中心的な施策」として考えていたとは限りません。NFTに熱量を持って向き合っているコレクターやアーティスト、開発者はweb3を「権力と所有権をクリエイターの手に戻すための戦略」として考えていますが、ブランドのほうとすれば「流行から利益を上げるチャンス」という程度にしか考えていないケースもあります。

web3はブランドが消費者から利益を搾取するための道具ではありません。消費者に新しい体験と価値を提供し、ブランドを中心としたファンコミュニティを構築する手がかりとなるものです。

NFTはホルダーと企業がともに「プロジェクトを創出するもの」であるのが理想の形で、そのため「最初は安く、もしくは無料でNFTを配るプロジェクト」が数多くあります。高額のミント価格は必ずしも得策ではありません。

ポルシェNFTは「プロジェクトをホルダーとともに創るもの」ではなく、「ブランドを売るもの」と勘違いしてしまったのかもしれません。

ナイキ、スターバックスとの比較

2020年前後から大手の企業がブロックチェーン技術に興味を示し、NFTプロジェクトやユーティリティトークンの発行など様々な戦略を採用しています。しかし、どのような戦略であれ、「長期的な視点でプロジェクトを運営する」「web3に知悉したスタッフを採用する」「コミュニティの育成に力を入れる」という足固めをした企業が成功しています。

・ナイキ
本サイトでも紹介したナイキの「.SWOOSH」は、スニーカーやウェアなどデジタルウェアラブル作成や購入のためのプラットフォームです。2023年には初のNFTコレクションの投入が予定されています。

引用元:Twitter

ナイキはプロジェクト構築のために数年をかけています。NFTやメタバース、ブロックチェーンテクノロジーのリサーチを入念に行ってきており、2020年にはブロックチェーンを使ったテストを実施し、2021年にはメタバースでのバーチャルスニーカーの普及を狙ってデジタルウェアラブル企業「RTFKT」を買収しています。

・スターバックス
スターバックスの新サービス「Starbucks Odyssey」も本サイトで紹介しています。2022年12月に、リワードプログラムの拡張としてベータ版をリリースしており、ユーザーのweb3への参加をサポートしています。ユーザーは暗号資産を購入したりウォレットを用意したりせずにアプリ内でNFTを購入できるようになっています。

2つの企業に共通するのは、「新しいテクノロジーを既存の枠組みに取り込むには自社のユーザーやファンにとって有意義でなければならない」という理念があることです。

自社のブランドに愛着を持っている人たちにどういった形でweb3に参加してもらうのかを充分にリサーチし、戦略を立てたうえで共同創出コミュニティの構築に努めています。

web3やNFTを正しく理解することの重要性

引用元:CoinDesk

NFTニュースサイト「CoinDesk」でのポルシェNFT関連記事では、電子決済プラットフォーム「Moonpay」の社長を務めているキース・グロスマン氏へのインタビューを掲載しています。

グロスマン氏は「(NFTプロジェクトに関して有効な)単一のソリューションは存在しない」と述べるとともに、「(ソリューションは)ときにコミュニティであり、メンバーシップであり、報酬の提供でもある」と語っています。

NFTプロジェクトには多様な「成功の形」があります。アーティストが作品をNFT化して発表したとき、「NFTが高額で取引されること」は成功でしょうし、コミュニティ形成を狙ったプロジェクトなら、多彩なアイデアを創出してくれるメンバーが継続的に参加してくれることが成功となります。

NFTの発行はひとつのきっかけに過ぎません。発行後に「体験的価値やビジネス価値を織り交ぜながら継続的に成長していくコミュニティを創出すること」が成功のひとつの形となります。企業がNFTプロジェクトを始めるときに勘違いしがちなのが、このようなコミュニティ創出がゴールになることを分かっていないという点です。

今でも企業の多くがNFTをファンアイテムやIPグッズのようなものと考えています。「自社ブランドの人気を活かして高額なNFTがたくさん売れたら事業として成功」というのはweb2的(中央集権的)な発想で、web3には馴染みません。

引用元:Twitter

先程のCoiDeskの記事に引用されたツイートです。ポルシェのNFTリリースに対して「誰がアドバイスしているのか?」「(もし分からないというなら)私をコンサルタントとして雇ってくれ」と語り、「ブランドは急ぐのをやめよう」と注意喚起しています。

企業は、NFTを単なるファンアイテムとして考えるのをやめて、いったんweb3についてリサーチし、専門家の意見に素直に耳を傾けるべきでしょう。

まとめ

ポルシェのNFT「911」について、概要と発行後の市場の反応を紹介し、企業のNFTプロジェクト創出のポイントを解説しました。

最後にこの記事をまとめます。

  • ポルシェは同社の伝説の名車「911」をモチーフとしたNFTを発表した
  • 豪華な購入者特典も用意
  • 「1枚0.91ETH」という強気の価格設定は批判の対象となった
  • 当初予定されていた7500枚のミントは途中で停止された
  • ポルシェにはweb3への理解が足りないという批判が集まった
  • ポルシェはブランド力頼みでNFTを発行したのが間違いであったという意見がある
  • web3やNFTについて充分にリサーチし、正しい戦略を立てて発表すべきだったという意見もある

ポルシェはNFTのミントは停止したものの「911」NFTコレクションは継続しており、今後はホルダー向けの特典の実施を行っていきます。同社がここから巻き返しできるかどうか注目されています。

Spritz

Spritz

Web3領域を専門とするライター。DeFiやNFT分野への投資経験をもとに、クリプトに関する記事を発信しています。これまでに執筆した暗号資産に関する記事は70本以上。特に関心の強い分野は、セキュリティトークンです。ブロックチェーンによってもたらされる社会変革に焦点を当て、初心者にもわかりやすい記事を心がけています。
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